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0242ワールド・タワー17(2102字)

「たぶんそのとおりでしょう。あたしは9階の『ゾンビの沼』で仲間を残らず殺されて、何とか自分だけ10階のこの食堂にたどり着きました」


 フォニは自分の両(ひじ)を抱く。


「ここの人たち――じゃなくて――魔物たちは優しくて、あたしに皿洗いの仕事の代わりに住処とご飯を用意してくれました。あたしはここで、別の調査隊の人間が辿り着いてくれる日をずっと念願し続けたんです。カオカさんたちは調査隊ではありませんでしたが――それが今、ようやくかないました」


 美しく微笑んだ。


 コロコはそんなフォニに、まだ不明な点を質問する。


「ここに食堂があるのはいいとして、水と食材はどうやって手に入れているの? お客さんはどこからやってきてるの?」


「水は魔法で、食材は物々交換で、それぞれ調達しています。上下の階から野菜や果物、肉や卵を持ち込んでくる常連の魔物さんが多いんです。あたしも魔法剣士なので、ときどき火を起こしたり水を出したりするのを手伝ったりするんですよ」


 そこで野太い声がかかってきた。ひときわ大きい屋台の主人で、今手を止めたばかりだった。


「おぅい、お前さんたち。フォニの仲間なんだろ?」


 フォニがあわてて声のあるじに抗議する。


「待ってください親方! まだ仲間になれたわけでは……」


 皿洗いの言葉を無視したリザードマンは、にっこり笑って手招きした。


「腹空いてるだろ? 一回こっきりだけど、フォニの仲間なら酒と食事を振舞ってやる。ささ、こっちに来い」


 近衛隊長カオカは副隊長トナットに意見を求める。


「どうする?」


 トナットはグウと鳴る腹の音で返事した。その無作法に尻を蹴ることで対応し、カオカは腕を組む。はてどうしたものかと途方に暮れた様子だった。


「オゾーン、ジェノサ、お前らふたりは毒見だ。最初に飯を食い、酒を飲め」


 元の職業がなく、完全に物理特化しているふたりである。カオカは一番役に立たなさそうな彼らを、死の危険にさらそうというのだ。これにはオゾーンもしかめっ(つら)だった。


「ちぇ、俺たちなら毒殺されてもいいってのかよ」


 ジェノサは豪快に笑い飛ばす。弟子のオゾーンの頭を撫でた。


「なに、わしたちが一番最初にうまい飯にありつけるのだ。そう悲観することもないだろう」


「じゃあひとくち目は師匠だぜ?」


「おう、大役だな」


 ジェノサとオゾーンは屋台の席に着き、熱い卵焼きと肉にありついた。最初はこわごわつついていたオゾーンだったが、隣のジェノサの食べっぷりに、思わず自分もかぶりつく。うまかったらしく、屋台の親方に親指を立ててみせた。


 リザードマンは大笑(たいしょう)した。


「どうだい、おいしいだろ? 『10階の食堂』は評判で利用者も多いのさ」


「親方、この酒は何だ? 初めて飲む味だけど……」


 ジェノサの問いに、親方は上機嫌で答える。


「ハーブを使った『グルートビール』さ。まあここの名物だね」


 コロコがラグネの手を引いた。


「私たちもご馳走になろうよ、ラグネ!」


 彼女は彼女なりに、傷心のラグネをいたわろうというのだ。その想いが伝わってきて、ラグネは自然と頬が(ゆる)んだ。


「はい!」


 いちど決壊すると、あとはまるで濁流のようだった。近衛隊員も冒険者も関係なく、客として親方の屋台に殺到する。親方があわててフォニを呼んだ。


「おいおい、多すぎるぞ! フォニ、手伝いな!」


「もちろんです!」


 こうして19名のメンバー全員が、ひさしぶりとなる酒と食事を堪能(たんのう)したのだった。




 しばらくして、フォニが旅支度を整える。まっさらな白い上下に身を包み、大小の剣を()いた。赤い髪を後ろで縛り、緑色の瞳が決意に燃える。


「それじゃ、これでお別れです。親方、店主、店員、お客さん方。あたしはカオカさんたちと一緒に上へ向かいます」


 少し湿(しめ)っぽくなる声を無理やり励ます。


「みなさん、たった3ヶ月でしたが、あたしを支えてくださってありがとうございました。ご恩は忘れません。さ、さようなら……」


 フォニはこらえ切れず涙を落とす。万雷(ばんらい)の拍手のなか頭を下げた。ラグネは魔物といえば粗野で好戦的なものばかりだと思っていたので、この光景はちょっとしたカルチャーショックである。


 こうしてフォニが冒険者枠に加わり、残るメンバーは20名になった。


 一行は先へ進むべく動き出す。フォニに水晶体まで案内してもらった。まずはラグネとカオカが11階へのそれに飛び込んでいく。


(あつ)っ!」


 11階は凄まじく熱い。暑いではない、熱いのだ。


「外が見えるぞ、ラグネ!」


 壁はその半分が透き通っていた。四半分ずつ、透明、普通、透明、普通と並んでいる。その透明な壁のひとつから、この熱さはやってきているようだった。それが証拠に、普通の壁の陰は(すず)しい。次の階へのクリスタルもすぐに見つかった。


西日(にしび)――夕暮れか」


 カオカが額の汗をぬぐいつつ、日の当たっていない透明な壁から下を(のぞ)き込む。


「見ろ、ドレンブンの街だ! まるでおもちゃだな。まだこの塔は転移していないということか……」


 ラグネは外を見上げた。そこには白い雲が風に千切れて舞っており、自分たちが今、相当な高さまで来ていることが分かる。


「この透明な壁は、教会のステンドグラスと同じなんでしょうか? でも、それにしては頑丈で、くすみもない……」

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