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0241ワールド・タワー16(2210字)

 そのフロアは、まず何といっても空気が違った。さらに正しく言えば、匂いが異なる。かぐわしい、よだれが出てきそうな食べ物の香り。


 10階は食堂だった。円周状に並び立つ屋台を前に、人型の魔物たちが料理に舌鼓(したつづみ)を打っていた。さっきのねずみ頭もいれば、カエル頭の戦士、半人半馬、コボルド、ゴブリン、ホブゴブリンなどなどが、たいまつを明かりに食事をかき込んでいる。会話と食事の音で騒々しかった。


 彼らはクリスタルから現れたカオカとラグネを見て、一様(いちよう)に殺気立つ。一瞬でしんと静かになった。


 だが――


「待って待って! この場所での喧嘩はご法度(はっと)ですよ!」


 そう叫んだのは、二十歳ぐらいの人間の女だ。白いチュニックを着て、腰の(ひも)に短剣をたばさんだだけの軽装だった。肌は褐色で、目は緑色だ。


 彼女はこちらへやってきて、カオカとラグネにぺこりとお辞儀した。


「どうも、人間の方々。あたしはフォニといいます。人間です」


 上体を起こすと後ろへ振り返る。肩までの赤い髪がひるがえった。大声を出す。


「どうぞみなさん、食事を続けてください! この人たちはあたしが面倒を見ます! お気になさらず、どうぞ!」


 魔物たちは鼻を鳴らしたり肩をすくめたりしながら、料理と会話を再び楽しみ始めた。フォニはまたこちらを向く。目が輝いていた。


「ひょっとしてどこかの国の調査隊みたいな方々ですか? あたしもそうなんですけど」


 近衛隊長カオカは、申し訳なさそうに首を振った。


「いや、この塔に閉じ込められただけで、別に攻略しに来たわけではない。ドレンブン辺境伯領は知ってるか?」


「いいえ」


「お前はどこの国の所属なんだ?」


「『常夏の国』ジックリン王国です」


 ラグネは目を白黒させた。聞いたこともない国名だったからだ。


「僕らはロプシア帝国の人間なんですが……」


「聞いたこともない国名です」


 お互いに同じ感想を抱いたらしい。


「僕らは全部で19名います。みんなをこの階に連れてきてもいいですか?」


 フォニはあごをつまんで少し悩んだ。しかし結論は早かったらしい。


「はい、大丈夫です。クリスタルのそばに固まっていてください。あたしは親方に話をつけてきますので」




 クリスタルのそばに19名が(つど)ったころ、フォニが戻ってきた。


「うわ、結構いらっしゃいますね。みなさん初めまして。ジックリン王国の魔法剣士、フォニと申します」


 フォニには天性の明るさがある。その笑顔は魅力的で、近衛隊でも随一の女好きであるゴメスなどは、鼻の下を伸ばしてデレデレしていた。


 近衛隊長のカオカは考え考え言葉をつむいでいく。


「この塔――『ワールド・タワー』は、世界を転々と渡り歩く不思議な塔だと、以前から伝えられている。おそらくそのジックリン王国とやらは、ロプシア帝国の港湾都市ドレンブンより前に、塔が出現した国なのだろう」


 フォニは真剣な表情でうなずいた。


「そのとおりだと思います。砂漠に天まで届く塔がいきなり現れたんで、みんなびっくりしてました。国王の命を受けて急遽(きゅうきょ)結成された調査隊に、あたしは加わりました。そして1階から調べ始めたところ――」


 近衛副隊長トナットが引き取った。


「出入り口が閉まって、塔に閉じ込められたんだな」


「はい」


 フォニは沈痛な面持ちだ。


「30名いた調査隊でしたが、この階まで進んで、生き残れたのはあたしだけでした。あたしひとりでは上階にも階下にも怖くて行けなくて、かといって魔物さんたちについていくわけにもいかず……。ここで今まで3ヶ月間、皿洗いのバイトで居座りつつ、別の調査隊の人間を待ちわびていたんです」


 これはおかしい。ラグネが口を挟もうとするより早く、トナットが追及した。


「お前――フォニは、どうやってここまで上ってきたんだ? 特に8階の石像の竜は、9階へと続くクリスタルを体に内臓していた。あれをどうやってやり過ごしたんだ? おかしいだろ」


 そう、そのとおりだ。しかしフォニは黙らない。


「あたしが経験した8階と違います。あたしの8階は、多数の狼が住む岩窟でした」


 8階が違う? どういうことだろう。近衛隊一の美男子ナルダンが挙手した。


「俺たちとフォニ、お互いのここまでの道のりを照合しよう」


 近衛隊最年少のオゾーンが切り出す。


「俺たちは1階で、2階の壷から出現し続ける魔物たちと戦ったよ。フォニはどう?」


「1階は魔物なんていませんでした」


「えっ、ホント? 2階は?」


「滝が上から下へと流れていて、みんなずぶ濡れになって、滝の裏のクリスタルに入りました」


 以降は隊長のカオカが10階までの軌跡を語り、フォニはそのほとんどに首を振った。あたしはこんなフロアでした、と話す内容が、いちいちラグネたちと異なる。


 結局ラグネたちとフォニとで共通していた階は、ひとつもなかった。蜘蛛の美少年ルガンについても会っていないという。


 これは――どういうことだろう?


「ガセ……ザオターさんはどう思いますか?」


 ラグネは『冥王』ガセールに尋ねた。彼の頭脳に期待したのだ。ガセールは床に少し目を落としていたが、やがて(おもて)を上げた。


「どうやらこの『ワールド・タワー』は、この一基だけではなさそうだな。世界中に何十基もあり、それらは一定時間ごとに――数日か数十日か数百日かは分からないが――転移し続けているのだろう。そしておそらくその際に、ほかの塔と階単位で中身が入れ替わっているようだ」


 彼なりの推論に、ほかのものも首肯する。理解も納得もいったからだ。フォニもこの推測を受け入れた。

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