0024悪徳の街02(2456字)
「何だか活気がねえな」
ボンボが歯に衣着せぬ物言いをした。確かにラグネが見たところ、人の通りはまばらで、街は沈鬱のなかにある、道行く人たちは誰も彼もが憔悴しきっている風だ。
コロコが首をひねる。故郷の風景によくない変化を感じ取っているみたいだった。
「3年前に後にしたときは、もっとこう、カッカしてにぎやかだったんだけどなぁ……」
それでも目的地のギルドを目指す。遠くからでも分かる、大きな石造の建築物がそれだった。なかに入ると、冒険者たちはほとんどおらず、閑古鳥が鳴いている。
ギルドマスターのゲマは小男で、顔がどことなく四角く、パーツが全部中央に寄っていた。
「いらっしゃい。若者の3人パーティーとは珍しいな」
「そうかな? とりあえず登録お願いしますね」
「はいよ。登録手数料は1万カネーだ」
「えっ!? 3000カネーじゃなくて?」
「ああ。エヌジーの街のギルドは、それぐらい取らないとやっていけないんだ」
ボンボがまた財布を開き、1万カネーを差し出した。それを受け取りながら、ゲマはぼそりとつぶやく。
「あいつが死ねば俺が何とかするんだけどな」
意味不明の言葉だった。
ギルドでもろもろの手続きを終えた一行は、コロコの先導で街道を進む。やがて足を止めたのは、鼻腔を優しくくすぐる香気のただなかだった。
「さあ、着いたよ。『ショーのパン焼き工房』へようこそ、ボンボ、ラグネ!」
中央通りに開店している、立派な2階建ての建物だ。ラグネはへえ、と感心した。
「コロコさんの実家ってパン屋さんだったんですね」
『準備中』の札がかけられた扉を開ける。すると筋肉質で太く黒い眉毛の中年の姿が見えた。白いエプロンをかけている。コロコの登場に、一瞬すべての動きを止めた。まじまじと目を凝らす。
「コロコ……。まさか、コロコか!?」
「うん。ただいま、お父さん!」
「コロコ!」
ふたりはひしと抱き合った。その横で、化粧が薄いのに美しい、背の高い女性が目を見開いている。こちらも清潔な白い服装だった。
「まあ、コロコ! よく帰ってきてくれましたね……!」
目尻から落涙し、ふたりに抱きつく。どうやらこちらがコロコの母親らしかった。
3人はしばらく再会を喜び合う。ひとしきり泣いた後、コロコがパーティーメンバーを紹介した。
「お父さん、お母さん。こっちが魔物使いのボンボで、こっちが僧侶のラグネよ。ボンボ、ラグネ、このふたりがお父さんのショーと、お母さんのガッカ」
ボンボがそつなくあいさつする。
「ボンボです。コロコさんにはいつも助けられてます。このたびはご両親を拝顔できて光栄です。よろしくお願いします」
ラグネは緊張を抑え込みながらボンボに続いた。
「僕はラグネです。迷宮でひとり困っていたとき、コロコさんとボンボさんに助けられました。それ以来、ふたりには本当にお世話になってます。ありがとうございました」
ガッカがにこやかに返す。まぶしい、一点の曇りもない笑顔だった。
「ボンボくん、ラグネくん、いつもコロコを守ってくれてありがとう。お腹空いてるでしょう? 今食事の準備するから、ちょっと待っててね」
ボンボとラグネがハモった。
「手伝いましょうか?」
ショーが苦笑して手を振った。
「大丈夫だよ。きみたちは客人なんだから、店内でくつろいでいたまえ。腕によりをかけてご馳走を作るからね」
こうして楽しい晩餐は始まった。とっておきの白パンをメインに、豆と野菜の入ったスープ、春キャベツ、卵、魚、牛乳、チーズ、そしてぶどう酒と、ガッカは奮発してくれる。暖炉の火が暖かかった。
みなでそれらご馳走を食べながら、夫婦は娘に冒険の数々を話してくれるようせがんだ。コロコも得意そうに依頼とその解決を開陳する。ボンボとラグネはにこにことその語りを聞いていた。
笑顔の絶えない会話が続いた後だ。それにしても、とコロコが話題を変えた。
「なんでこの街、何もかも高いの? 入場料もギルド登録料も、3年前に比べて段違いで高くなってるんだけど……」
コロコの父ショーから笑みが消える。金髪をがりがりとかいた。
「それなんだがな……。実は2年前に新しく町長になった、レヤンなる男がいてな。52歳なんだが、こいつがめっぽう金に汚い。街への入場税、市場での出店税、井戸汲み税、ギルド税、住民税などなど、ありとあらゆるものから税金を取るようになったんだ」
ガッカも頬に手を当てて困ったように息を吐く。
「うちのパン屋も値上げしたの。パン焼き税という名目の税金がかけられてね。お客さんは目に見えるほど減少しちゃったわ」
ショーが喉に酒を注ぎ込んだ。やけくそ気味である。
「しかもこのレヤン町長、自分の身を守る兵士たちを大量に雇ってな。重税に反対したものや逆らったものは、次々にお縄にして、自身の館の拷問部屋へ送り込むんだ。だからみんな震え上がって、高いけど税金を納めざるを得ないってわけだ。本当に酷いよ、まったく」
とんでもない話である。コロコは自身の黄土色の癖毛をかき上げた。金色の瞳に闘志が燃えている。
「その町長、私がやっつけようか」
「駄目だ!」
ショーとガッカが同時に叫んだ。
「旅費なら俺たちが工面してやる。だからどうか、この街で問題を起こすんじゃないぞ、コロコ。……連れの方々もお願いします」
そのときだ。玄関のドアが乱暴に数回叩かれたのは。
「こんな時間に誰だ?」
ショーが立ち上がって見に行く。一応強盗だった場合も考慮して、鞘に納まった剣を手にしていた。
コロコたちにはショーと訪問者との会話は小さくて聞こえない。別に何ということもないだろうと楽観し、みなで食事を続けていると、やがてドアが軋んで開かれる音がした。あわただしい靴音が騒々しく乱入してくる。
「何!?」
驚くコロコたちの前に現れたのは、槍や剣で武装した兵士たちだった。ショーが青ざめた顔で入室してくる。ガッカが夫に尋ねた。
「この人たちは?」
「レヤン町長が寄越した憲兵隊らしい。コロコ、ボンボくん、ラグネくんの3人に、町長への謀反の意志ありという通報があったとかで、急遽引っ立てに来たそうだ」