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0239ワールド・タワー14(2160字)

「『マジック・ミサイル』!」


 ガセールが黒い矢を放ち、竜の尻尾を根元から滅ぼした。胴体にはクリスタルが内臓されている可能性があるため避けたのだろう。


 だが怪物は痛みを感じないのか、さらにドネムの胸を噛み裂き、ブルを頭から踏みつぶした。いずれも即死であり、僧侶や賢者の回復魔法でも治せない。


 それでもラグネは這いずって、肉塊と化したブルに必死で回復魔法をかけた。それで台無しになった願いが直せるんじゃないか、と未練たらしく。


「ラグネ! 危ない!」


 コロコの声にはっとしたとき、すでに石像の大口はラグネをとらえようと迫ってきていた。しかしそれはラグネに届くことはない。コロコの光弾が竜の頭部に炸裂し、その巨体が横倒しとなったからだ。


 これで動かなくなったか――と思いきや、魔物は四つ足を器用に動かして立ち上がり、体当たりを始める。キシンレーがカエルのつぶれたような絶叫を放った。


「がはっ!」


 怪物の首の付け根と、塔の柱の間で押し潰されたのだ。脳しょうが飛び出し、彼もまた治しようがない死を迎える。


「ラグネ、ぼうっとするな! ドラゴンの足を狙って撃て!」


 ガセールが薄闇のなか、動く石像の後脚を破壊しようとした。それでラグネは頭が切り替わった。そうだ、今やるべきはこれ以上の死人を出さないことだ。


 背部に光球が出現する。ラグネの意思に基づき、竜の足は4本すべて、光の矢で正確に撃ち抜かれた。


 胴体だけとなった魔物は、さすがにもう何もできず転がった――地響きを立てて。




 この短い時間の戦闘だけで、近衛隊員のボンレッカ、ムドラ、ドネム、キシンレー、ブル。冒険者で賢者のヨダイ。以上合計6名が死亡した。いずれも最初の一撃で頭や心臓を砕かれての、回復しようのない死だ。


 ガセールは黒き矢で竜の体表を少しずつ砕いていった。やはり、その体内に輝くクリスタルがあった。まだ塔が続くことに、カオカたちは少し安堵する。


 近衛隊は、6人の死骸を並べて冥福を祈った。近衛隊員ゴメスが舌打ちする。その視線の先に、ボンレッカの死体に回復魔法をかけ続けるラグネの姿があった。


「おい若造(わかぞう)、しつけえぞ。6人は死んだんだ。いい加減にしろ、目障りだ」


 それでもやめないラグネの背中に、コロコがすがりつく。


「もういいよ、ラグネ。やめようよ。きみのせいじゃないから」


 ラグネは歯軋りした。だって、だって……!


「僕が油断したりしないで、もっとよく確かめてから全員を招けばよかったんです! そうすれば、誰ひとり死ななくて済んだんですよ……!? それが、ろ、6人も死んでしまうなんて……!」


 何度も誓った。必ず25名全員で地上へ戻ると。そしてそれは、途中までうまくいっていたのだ。少なくとも、この8階に入るまでは……


 つかつかと誰かが近づいてくる。ラグネの左(わき)に手を差し込んで強引に立たせた。そして、その頬をピシャリと張る。


 近衛隊長のカオカだった。ラグネは頬を押さえて彼女をにらみつける。


「何するんですか!」


「人間は万能じゃない。お前もお前の力も無敵じゃないんだ!」


 ラグネは奥歯を砕かんばかりに食いしばった。カオカは厳しく続ける。


「たとえ『マジック・ミサイル・ランチャー』があろうが、羽を生やせようが、お前はただの人間に過ぎない。そのことを忘れたか?」


「でも、僕の責任です! 次の階へのクリスタルが、石像の竜の体内にあるって見抜けなかった僕が――僕が一番悪いんです」


 声は尻すぼみになった。カオカはラグネのあごをつかんで揺さぶる。


「お前は自分が何でもできると過信していたんじゃないか? 俺はお前の善意を、底力を信用している。そのお前が失敗したなら、ほかの誰でもそうなっただろう。この俺でさえ、な」


 ラグネの両目に涙があふれた。夢破れしものが、過ぎ去った最盛期を(かえり)みる際の嗚咽(おえつ)とともに。


「僕は……僕は……」


 ラグネはその場に立っていられず、膝を折って床に崩れた。コロコが背中をさすってくる。


「ラグネ、もう一度言うけれど、きみのせいじゃないよ。あんまり泣かないで……」


「コロコさん、僕は浮かれていたんです。コロコさんに『たくましくなった』っておだてられて、ブラディさんたちに『救世主だ』って褒められて……それで、僕はうぬぼれていたんです。進歩したんだな、強くなれたんだな、って」


 拳の底で床を打ち据えた。涙が水滴となって極小の水溜まりを複数作り出す。


「でも、僕の本質は全然成長していなかった。今でも泣き虫で、気が弱くて、情けない――そんな実体が、単に『マジック・ミサイル・ランチャー』のおかげで隠れていただけなんです。僕は今でも、駄目なままだったんだ――」


「そんなことないよ」


 コロコの声が震えている。はっとしたラグネは、彼女の顔を見上げた。コロコは涙腺(るいせん)を決壊させ、透明な線を両目から描いている。


「私が好きになったラグネは、泣き虫でもないし、気が弱くもないし、情けなくもない。それ以上に頑張り屋で、勇敢で、格好いい――そんな子だもの。自信を失わないで。自分を見失わないで。自分を(かえり)みるのはいいけど、自分を卑下(ひげ)するのは駄目だよ、ラグネ」


『夢幻流武闘家』にして『昇竜祭』武闘大会優勝者は、そう言って抱き締めてきた。ラグネは彼女が泣いていることに、自分がそうさせたことに、ひどい後悔を覚える。


「……ごめんなさい……」


 ぽつりとささやいた。

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