0237ワールド・タワー12(2159字)
「私語は慎め。ゴメス、お前の女好きもほどほどにしとけよ」
ゴメスとロチェはぴんと背筋を伸ばす。
「すみませんでした!」
「ご、ごごごごめんなさい……!」
冒険者で魔法剣士のブラディが、パーティー仲間の盗賊コラーデ、僧侶ロモンを従えて、一同に振り返った。
「それじゃ、僕らがまた先頭で行きます。7階へのクリスタルへ……。ラグネくん、きみも一緒に頼む」
「はい!」
ラグネたちは、ほのかに光って浮遊する水晶体へ飛び込む。
4人が現れたのは、縦横に糸が張り巡らされた、蜘蛛の巣のようなフロアだった。天井に平行して広がっているそれは、中央に見覚えのある人物を擁している。ラグネとロモンがハモった。
「ルガン!」
この階に逃げ込んでいたのか。3階の庭園で、笛を吹いてラグネたちを眠らせ、その隙に殺して食べてしまおうとした魔物――
ラグネは同時に、この7階の床がはるか下であることにも気づいた。8階へのクリスタルがぼんやりと光って、底を照らしていたからだ。
ルガンはその美貌を惜しげもなくさらし、ラグネたちに笑いかけてきた。
「やあ、僕の部屋へようこそ。おっと、僕の笛を壊してくれた、あの光の矢はごめんだよ。もし僕が死んだら、この蜘蛛の巣は崩落してきみたちも転落死することになるからね。気をつけることだ」
ラグネはルガンの発言の真偽を疑う。柱の裏側まで回りこみ、この7階のすみずみまで広がった構築物が、そう簡単に同時に、すべて、一瞬で壊れてしまうものだろうか。
ただ、何にしても自分ひとりなら、羽があるから空を飛べる。もし巣が崩れ去っても生き残る自信があった。前にある3人の背中に話しかける。
「ブラディさん、コラーデさん、ロモンさん。今すぐ水晶体に入って、6階へ引き返してください。僕ひとりなら何とかなります!」
ブラディたちも歴戦の冒険者だった。今がどういう状況か、ラグネと同じ認識に至ったのだろう。すぐに「そうしよう」と引き取り、戻ろうときびすを返す――
いや、返そうとした。
「うおっ!?」
ブラディたちが同時に、派手にこける。彼らは仰向けに倒れ、すぐに身動きできなくなった。ルガンの嘲笑が7階に響き渡る。
「あはは、蜘蛛の横糸は粘り気のあるものだって知らないのかい? じゃあ、捕食といこうかな」
その直後に起こったルガンの変貌は、生涯忘れられそうにない不気味なものだった。突如その五体が膨れ上がり、頭胸部と腹部のふたつに隔てられる。左右の腕が分かれ、四対の足となる。口から鋏角一対と触肢一対が飛び出し、完全な蜘蛛と成り果てる――
「ひ、ひええええっ!」
情けない声を上げたのは女盗賊コラーデだ。まあ人間ひとり分の大きさの蜘蛛を見るのは初めてだろうし、ましてやそれに狙いを定められれば、悲鳴のひとつも仕方ないといえた。
ルガンは蜘蛛の化け物として、ラグネたちを捕食しようと、縦糸の上を這ってくる。このままでは餌とされてしまう……
ラグネはしかし、これを好機ととらえた。冒険者3人に叫ぶ。
「横糸にもっと絡んでください! 身動きできなくなるまで!」
ブラディたちは切迫する状況のなか、こんな無茶振りをされて混乱きわまったようだ。だがラグネの必死の声に、ともかく懸けてみるしかないと踏んだのか、言うとおりに左右に寝返りをうった。
横糸が盛大に絡みつき、3人は手の指を動かすことすら困難になる。それを見てルガンが冷笑した。
「ははは、どうやら覚悟を決めたようだね。あるいは気でも狂ったか。ともかく溶かせて飲み込ませてもらうよ」
「『マジック・ミサイル』!」
「えっ」
ラグネは光の矢を発射し、蜘蛛を滅ぼす。ルガンのあっけない最期だった。
途端に蜘蛛の巣があちこちで切れて、一気に下へと崩落していく。ルガンの言っていたとおりだった。
それはラグネたちも同様だ。足場を失えばあとは落下するのみなのだ。
だが――
「落ち……ない?」
ブラディは自分もパーティーメンバーも、誰かに引っ張り上げられていることに気づいた。ラグネだ。
光球を背中に沈めて、代わりに羽を生やしたラグネ。両手で複数本の縦糸をつかんで、上に引いている。
「よかった、うまくいきました」
ラグネは安心して羽を羽ばたかせながら、ゆっくりと床へ降下していった。ブラディたちは横糸で身動きが取れないものの、一切怪我することなく羽毛のように着地する。寄り集まり、ちょうど川の字に3人並んで寝る格好となった。
ブラディはラグネに尋ねた。
「何でこうすると僕らの命を救えるって分かったんだい?」
ラグネは3人に絡まる横糸を外しながら答える。
「蜘蛛の巣が崩落する、というルガンの説明でピンときたんです。横糸は縦糸の間に螺旋状に掛けられています。そしてその縦糸らは橋糸に直結しています。崩落する、という言い方なら、横糸が切れるのではなく、すべての橋糸と縦糸が、同時に壁や柱からはがれることを意味するのだと思いました」
ロモンは粘りつく残骸に悪戦苦闘していた。
「それでルガンに『マジック・ミサイル』を放つと同時に、手の届く範囲にある縦糸を引っつかんだってわけですね?」
「はい。3人は横糸に厳しく絡みつかれているので、まず落ちない。あるいは横糸が縦糸の上を滑ってしまったとしても、それは今のように並んでぶつかって止まると思いました。縦糸は中心に向かって狭くなっていくものですから」




