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0235ワールド・タワー10(2142字)

 コロコの笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女はすでにボンボを失っている。そのうえ自分までいなくなってしまっては、あまりに可哀想過ぎた。


 ラグネはほふく前進の要領で、すり鉢状の最底辺から必死に這い上がろうとする。だがあがけばあがくほど、両腕や両足は砂に埋まっていくばかりだ。まるで意思を持った流砂に絡め取られる感覚だった。


 視界もいっこう回復しない。水を消滅させたとき同様、『マジック・ミサイル』で周囲の砂を消し去ればいいのだろうか。しかし無闇に放ってクリスタルを破壊してしまっては、もはや脱出の見込みはなくなってしまう。その恐れから、光の矢を飛ばすことはためらわれた。


 足の流血はますます酷く、悲鳴のような激痛に、ラグネは脳が(しび)れていくのを感じた。


 ここまでか……


 だが、そのときだ。


 聞き覚えのある女の声が、唐突に響き渡った。優しい声色(こわいろ)だった。


「仕方ないですね。今回限りで助けて差し上げましょう」


 やがて背中側から腰のベルトをつかまれ、一個の荷物のように引っ張り上げられた。そのまま上方へと浮遊していく。そして背中に外壁か柱か、どちらかであろう硬いものが当たり、ラグネは座らされた。


 女の声が呪文を詠唱する。ラグネの右足の激痛が和らぎ、すぐに消滅した。視界のほうも回復する。ラグネはすぐに目を開けた。


「あれ……?」


 女の姿は視界になかった。柱に手を預けて立ち上がり、背中の光球で辺りを照らす。しかし、ここが巨大なアリ地獄の(ふち)であり、周りに誰もいないことが確認されただけだった。


 はて、自分を助けた謎の女はどこへいったのだろうか?




 取りあえず5階は安全になったので、ラグネは羽を広げて4階へのクリスタルに身を投じた。待ちくたびれている人々のなかへ、ラグネは降り立って翼を閉じる。


 コロコが安堵の笑顔を咲かせた。


「もう、また遅いから心配しちゃったよ! 何があったの?」


「ちょっと大きなアリ地獄に引っかかっちゃって……」


 近衛隊副隊長トナットが、さして心配でもなさそうに指摘する。


「右足に血と砂が付着してますね。怪我したんですか?」


 ラグネは反射的に、足を上げて大丈夫なところを見せた。


「ええ、噛まれちゃって。でももう傷は治ってます」


 近衛隊隊長カオカが口角をゆがめる。


「ということは、お前はアリ地獄本体に攻撃されて出血した。そしてそれを誰かに治してもらったことになる。僧侶や賢者の回復魔法は、自分自身にはかけられないからな」


 厳しい口調で問いかけてきた。


「……誰に治してもらった? そいつはどこへ行ったんだ?」


 24(つい)の瞳を向けられて、ラグネは少しばかり(あせ)る。とはいえ、別に悪いことをしたわけでもないし、と開き直った。


「僕がその誰かに治してもらったとき、その人はすでにいなかったんです。ただ、呪文の詠唱の声を聴く限り、若い女性だと思いました」


 カオカは納得しかねるといった顔だ。しかしラグネの返事の純度を相当高いと見たのだろう。「まあいい」とこの話を打ち切った。


 冒険者のブラディが努めて声を出し、カオカとラグネに話しかけてくる。


「ともかく5階は安全になったんだろう? その先、6階は僕ら3人のパーティーが先頭を切るよ。カオカ隊長もラグネくんも成功とは言いがたかったんだからね」


 カオカたち近衛隊は、4階の貯水槽がごとき水のなかで溺死しかけた。ラグネは5階のアリ地獄の前に、あと一歩で死ぬところだった。どちらもブラディの意見に従う以外にない。


「分かった」


「はい、お任せします」




 4階から5階へ。ラグネとタリア、そしてガセールは羽を使い、メンバーたちをひとりずつ運んだ。特に問題は起きず、25名全員が5階に到着する。


 5階にはアリ地獄が作った砂の渦があるので、柱の内側へ入らず、その外を回って行くようラグネはお願いした。正反対の位置にあった6階へのクリスタルは、宙に浮かんでぼうと輝いている。


 ブラディとコラーデ、ロモンのパーティーが、先頭切って水晶体に触れようとした。そこへラグネは、どうしても我慢しきれず声をかける。


「僕も一緒に行きます! 連れていってください!」


 コロコにやや強めに肩をつかまれた。


「ちょっとラグネ、今回はあの3人が最初に行くって、さっき決めたばかりじゃない」


 女盗賊のコラーデがニヤニヤ笑う。


「キシシ、『神の聖騎士』さんは俺らが心配らしいぜ」


 ラグネは肩にあるコロコの手に手を重ねた。


「ブラディさん、コラーデさん、ロモンさん。僕は絶対に邪魔しません。ですからどうか、僕も随行(ずいこう)させてください。後悔したくないんです」


 魔法剣士ブラディは顔をしかめる。


「まるで僕らが失敗するみたいじゃないか。そんなに信用できないかい?」


「はい。すみませんが……」


 僧侶ロモンが出っ張った腹を揺すって哄笑(こうしょう)する。


「まあいいじゃないですか、ブラディさん。3階の庭園でルガンの笛に眠らされたとき、僕とヨダイさんが助かったのはラグネくんのおかげだったんですから。4階の貯水槽だって、ラグネくんが近衛隊の後を追わなければ――『マジック・ミサイル』で水を滅ぼさなかったら、近衛隊は全員溺れ死んでたんですよ」


「むう……いわれてみればそうだね」


 ブラディは深々とうなずいた。


「じゃあついてきてくれ、ラグネくん。一緒に6階へ行こう」


 ラグネは歓喜で小躍りしそうになり、あわてて自重(じちょう)する。

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