0234ワールド・タワー09(2161字)
そう、言葉にすればそうなる。虎が住むか龍が生息しているか、まったく予断を許さないクリスタルの向こう側。そこに最初に足を踏み入れるべきは、やはり最強の自分であろう。
実際、この4階へ先行した近衛隊員たちは、みんな揃って溺死しそうになった。それは重たい装備が邪魔になって浮上できなかったからだ。たらればは控えるべきだが、それでもあえてラグネが最初にクリスタルに入っていれば、そんな危険な目に遭うこともなかったはずである。
「そうか……」
カオカは理解と納得を同時に得たらしく、ラグネの肩を軽く叩いた。晴れやかな笑みを浮かべていた。
「お前の気持ちは分かった。では今度の5階から先陣を切ってもらおう。頼むぞ」
「はい! 頑張ります」
上機嫌になってカオカとの会話を終えると、ラグネは金色の羽を広げて飛翔した。3階の庭園で待っている仲間たちおよび冒険者たちを呼びにいく。
「へえ、クリスタルの先は貯水槽みたいになってたんだ」
コロコたちとブラディたちは、ラグネのもたらした情報に驚愕していた。1階まるまる池のようになっていたなんて、想像の埒外に過ぎたようだ。
「そういうわけなのでタリアさんとガセールさんは、冒険者の方々を抱えたり背中に乗せたりして、クリスタルに入ってください。そしてそれと同時に羽を広げて、転落死を回避しつつ滑空して着地してください。お願いします」
こうして25名全員が、4階の床へ無事に着地した。先行した近衛隊員たちはみなびしょ濡れで、軽装を余儀なくされている。その様子を冒険者のコラーデが意地悪く論評した。
「へっ、お堅い近衛隊員たちにはいい冷や水だ。これでカドが取れたら冒険もやりやすくなるってものだね。キシシ」
ブラディとロモンが、コラーデの頭を同時に小突く。少女は左右のパーティー仲間へ恨みのこもった目を向けた。
「ちぇっ、何だよふたりして……」
近衛隊最年少のオゾーンと、彼の師匠であるジェノサの声が、ラグネの耳に聞こえてくる。ふたりとも前職はなく、物理特化だ。
「師匠、鎖かたびらをこんな階に捨てていって大丈夫なのか? まだ先は長そうな気がするんだけど……」
「何、精鋭ぞろいの近衛隊だ。ちょっとやそっとじゃ、わしもみんなもやられやしないさ。オゾーンだけは気がかりだけどな」
「最後に俺をおとしめるのはやめてくれよ」
ふたりして笑った。師と生徒というより、親子のような関係にラグネには思えた。
近衛隊副隊長のトナットが、はるか頭上に浮かぶ水晶体を見上げる。とても人間の跳躍では届きそうにない位置だ。
「また羽持ちの3人――ラグネ、タリア、ザオターに手伝ってもらうことになりそうですね」
トナットの提案以外に道はないが、念押しされると少し顔を歪めるカオカ隊長だった。
ラグネは、このプライドの高い女性の負荷にならないよう、極めて気安く請け負ってみせる。
「じゃあ、まずは僕が5階を見てきます。安全が確認されたら戻ってくるので、そのときはぜひみなさんを運ばせてください」
うなずくカオカに、ラグネは頭を下げて羽を広げ、宙へと舞い上がった。
『マジック・ミサイル・ランチャー』の光で、真っ暗な5階を照らし出す。何の変哲もない、単なる黄土色の砂地が広がっていた。天井が近い。
「さっきは水、今度は砂か……」
ラグネは独りごちた。もし笛吹きの美少年ルガンがこちらの命を狙っているとしても、隠れる場所は柱の陰しかない。ともかく用心に用心を重ねて、遠くに見えるクリスタルへ向かってまっすぐ歩き出した。あれが6階に通じている水晶体に間違いない。
罠があるなら中央だった。すべての柱の陰から見渡せる場所だからだ。ラグネは緊張しながら一歩、また一歩と歩いていく。どこから攻撃がきても対処できるよう、身構えながらの前進だった。
そのときだ。
いきなり5階が地鳴りを挙げて震えだした。足元の砂が渦を巻き始める。ラグネは足を取られてあお向けに倒れた。
これは――アリ地獄!
ラグネは背後に光球を浮かべた。超巨大アリ地獄に引きずりこまれるなど、もちろん初めての経験である。しかし、敵が渦の中央にいることははっきりしているのだ。ラグネは激しく高鳴る心臓の鼓動を感じながら、『マジック・ミサイル』を発射しようとした。
だが。
「うわっ!」
両目に痛みが生じる。アリ地獄の虫に容赦なく砂を投げつけられたらしい。それは眼球に張り付き、ラグネは一時的に視界を失った。あまりの苦痛にまぶたが開けられない。
そのさなかも、ラグネは確実にアリ地獄の中心へ滑落していった。流砂はラグネを取り込み、その自由をたやすく奪っていく。
まずい、まずい。どうにかしなきゃ……!
「ぐあ……っ!」
右足に激痛が走った。アリ地獄の虫に噛まれたのだ。生温い血潮があふれ、ラグネは窮地に陥った。
だが、相手の位置はこれでつかんだ。ラグネは光の矢で目の前にいるであろう怪物を粉砕する。途端に渦が止まり、ラグネはどうにか命を拾った。
「痛い……」
右足がズキズキと悲鳴を上げている。触ってみると、流血は滝のようだった。
早く戻って、早く回復魔法をかけてもらわないと……!
ラグネは渦の底でどうにか裏返ってうつ伏せとなった。背中から羽を生やそうとする。しかしアリ地獄の最下部にいるため、羽はつっかえて広げられなかった。
「い、嫌だ、こんな場所で死ぬなんて……!」




