0233ワールド・タワー08(2154字)
そこには巨大な三つ目の半魚人がいて、槍でカオカの肩を突き刺している。カオカたち近衛隊員のうち鎖かたびらを着込んでいるものたちは、その重量で浮上できず、全員溺れかけていた。
ラグネは『マジック・ミサイル・ランチャー』を起動させると、半魚人へ閃光を叩きつけ、その命を瞬時に絶つ。それだけではなかった。
どうかみんな、生きていて……!
ラグネは攻撃対象を水そのものに変えると、光の矢をすさまじい勢いで発射させる。水がどんどん消滅し、4階の水位が急激に低下していった。その流星のようなスピードでも、ラグネの心は不安と心配で膨れ上がっていく。
やがて水はくるぶしぐらいの位置まで下がった。カオカやトナットなど近衛隊員たちが、肺に詰まった水を吐き出している。ラグネは背中の側に浮かぶ光球を引っ込めると、隊員たちに回復魔法をかけて回った。ボンレッカとムドラも同様にする。
「し、死ぬかと思った……」
ナルダンがムドラに治療されて、そんな本音を漏らした。彼は20歳ぐらいの男で、近衛隊員のなかでも一番の美男子だ。その微笑はどこか悪い方向にあか抜けていて、ラグネはうっかり酷薄さを感じてしまう。
ナルダンは鎖かたびらを脱ぎ捨てた。もしこの先、水が大量にあるフロアに落ちたら、今度こそ助からないかもしれない――そんな及び腰が看取された。
ナルダンより少しだけ若いブルも、彼同様鎧を脱ぎ捨てる。そしてその肩にすずめがとまった。
「ごめんな、急に水のなかに入ったりして。飛び疲れただろう? 安心して俺のもとで羽を休めるがいい」
ブルは特に必要と思ったとき以外はしゃべらない無口な男である。そのいっぽうで、彼のペットらしきすずめには、積極的に話しかけていた。何なんだ、この人……
近衛隊のなかでも一番大きく、筋骨隆々としているケバンは、19歳にして近衛隊最強と呼ばれる戦士だった。前職は魔法使いだったそうだ。溺れたことで弱っていた。
「ケバンさん、僕が回復魔法をかけます」
「すまない」
ラグネは呪文を詠唱しはじめる。そして唱え終わると、ケバンの胸に手をかざした。
「『回復』の魔法!」
ケバンの顔から苦しみが消える。軽く吐息をついた。
「ありがとう。……ラグネくん、きみの話はいとこのスカッシャーから聞いているよ」
戦士スカッシャーといえば、ラグネと魔法使いロン、武闘家キンクイと一緒に『竜の巣』を破壊しに行ったことがある。今ではキンクイと結婚してどこかで平和に暮らしているはずだ。
「そうなんですか! 何て言ってました?」
「邪炎龍バクデンや魔王アンソーをものともしなかったラグネは、たぶん世界最強だ、って自慢してたな」
前者は確かに一方的に攻撃して息の根を止めたが、アンソーには奥義『ゾイサー』でいったん封じ込められている。
「『世界最強』だなんて、そんなの単なる噂ですよ」
「そうか? 謙遜するんだな。……よっと」
ケバンが立ち上がった。歴戦の勇者としての威風堂々たる姿だった。あえて治さなかったのだろう、頬や胸の深い傷跡が目につく。特大の長剣へ寄りかかった。
「ふぁああ……」
彼は大あくびをして、いつもの「ぼけっとした」モードに切り替わる。
鎖かたびらを着用していた近衛隊員たちは、すべて鎧を脱ぎ捨てた。隊長のカオカ、副隊長のトナットも同様である。やはり水を吸った鎧下を乾かしたいのと、また水で埋められたフロアに出たときが怖いのとで、そうせざるを得なかったようだ。
「美少年のルガンってひとはいませんでしたか?」
ラグネは治療されて元気を補充したカオカ隊長に問いかけた。帰ってきたのは首を左右にするしぐさだ。
「いや、先頭で入った俺と半魚人以外、誰もいなかったな」
どうやらルガンは泳いで5階へ逃げたらしい。
カオカは頬を赤らめた。彼女は鎖のフードを外しており、癖っ毛の黄金の短髪をあらわにしている。
「すまなかった、ラグネ。お前がいなければ全員溺死していた。この階に来た俺は、ただ沈んで半魚人に殺されかけただけだ。ほかの誰をも助けられなかった――」
今回のことがショックだったのか、ぽつりぽつりと話した。
「ありがとう。今までふんぞり返っていた自分を殴ってやりたい気持ちだ。改めて、今まですまなかった。反省している」
いつも尊大だったカオカが、こうもしょげている。ラグネは何だか爽快な心持ちで、自身の胸を叩いた。
「僕に任せてください。必ず25人全員を地上に帰還させてみせます!」
それなんだが、とカオカは腕を組む。
「何で赤の他人である近衛隊員たちや、やっぱり知り合いでもない冒険者たちまで救おうとするんだ? そんな義理はないはずだが……」
ラグネの返事は間髪を入れなかった。
「あります」
「ほう、どんな責務だ?」
ラグネはためらいつつも語る。
「僕は今まで悲しい思いをしてきました。邪炎龍バクデンに魔法使いロンさんを、魔人ソダンに賢者アリエルさんを、また別の戦いでは魔物使いボンボさんを――それぞれ失ってきました。そのたびに深い後悔と激しい自己嫌悪に苦悩したんです。それはいまだに続いています」
ラグネはうつむき、膝の上の両拳を握り締めた。
「この気持ちを、悲しい思いを、ほかの誰にも味わわせてはならない。それが僕の――『神の聖騎士』として『マジック・ミサイル・ランチャー』を与えられた者の――責任だと思うんです」
 




