表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

233/285

0233ワールド・タワー08(2154字)

 そこには巨大な三つ目の半魚人がいて、槍でカオカの肩を突き刺している。カオカたち近衛隊員のうち鎖かたびらを着込んでいるものたちは、その重量で浮上できず、全員(おぼ)れかけていた。


 ラグネは『マジック・ミサイル・ランチャー』を起動させると、半魚人へ閃光を叩きつけ、その命を瞬時に絶つ。それだけではなかった。


 どうかみんな、生きていて……!


 ラグネは攻撃対象を水そのものに変えると、光の矢をすさまじい勢いで発射させる。水がどんどん消滅し、4階の水位が急激に低下していった。その流星のようなスピードでも、ラグネの心は不安と心配で膨れ上がっていく。


 やがて水はくるぶしぐらいの位置まで下がった。カオカやトナットなど近衛隊員たちが、肺に詰まった水を吐き出している。ラグネは背中の側に浮かぶ光球を引っ込めると、隊員たちに回復魔法をかけて回った。ボンレッカとムドラも同様にする。


「し、死ぬかと思った……」


 ナルダンがムドラに治療されて、そんな本音を漏らした。彼は20歳ぐらいの男で、近衛隊員のなかでも一番の美男子だ。その微笑はどこか悪い方向にあか抜けていて、ラグネはうっかり酷薄さを感じてしまう。


 ナルダンは鎖かたびらを脱ぎ捨てた。もしこの先、水が大量にあるフロアに落ちたら、今度こそ助からないかもしれない――そんな及び腰が看取(かんしゅ)された。


 ナルダンより少しだけ若いブルも、彼同様鎧を脱ぎ捨てる。そしてその肩にすずめがとまった。


「ごめんな、急に水のなかに入ったりして。飛び疲れただろう? 安心して俺のもとで羽を休めるがいい」


 ブルは特に必要と思ったとき以外はしゃべらない無口な男である。そのいっぽうで、彼のペットらしきすずめには、積極的に話しかけていた。何なんだ、この人……


 近衛隊のなかでも一番大きく、筋骨隆々としているケバンは、19歳にして近衛隊最強と呼ばれる戦士だった。前職は魔法使いだったそうだ。溺れたことで弱っていた。


「ケバンさん、僕が回復魔法をかけます」


「すまない」


 ラグネは呪文を詠唱(えいしょう)しはじめる。そして唱え終わると、ケバンの胸に手をかざした。


「『回復』の魔法!」


 ケバンの顔から苦しみが消える。軽く吐息をついた。


「ありがとう。……ラグネくん、きみの話はいとこのスカッシャーから聞いているよ」


 戦士スカッシャーといえば、ラグネと魔法使いロン、武闘家キンクイと一緒に『竜の巣』を破壊しに行ったことがある。今ではキンクイと結婚してどこかで平和に暮らしているはずだ。


「そうなんですか! 何て言ってました?」


「邪炎龍バクデンや魔王アンソーをものともしなかったラグネは、たぶん世界最強だ、って自慢してたな」


 前者は確かに一方的に攻撃して息の根を止めたが、アンソーには奥義『ゾイサー』でいったん封じ込められている。


「『世界最強』だなんて、そんなの単なる噂ですよ」


「そうか? 謙遜(けんそん)するんだな。……よっと」


 ケバンが立ち上がった。歴戦の勇者としての威風堂々たる姿だった。あえて治さなかったのだろう、頬や胸の深い傷跡が目につく。特大の長剣へ寄りかかった。


「ふぁああ……」


 彼は大あくびをして、いつもの「ぼけっとした」モードに切り替わる。




 鎖かたびらを着用していた近衛隊員たちは、すべて鎧を脱ぎ捨てた。隊長のカオカ、副隊長のトナットも同様である。やはり水を吸った鎧下を乾かしたいのと、また水で埋められたフロアに出たときが怖いのとで、そうせざるを得なかったようだ。


「美少年のルガンってひとはいませんでしたか?」


 ラグネは治療されて元気を補充したカオカ隊長に問いかけた。帰ってきたのは首を左右にするしぐさだ。


「いや、先頭で入った俺と半魚人以外、誰もいなかったな」


 どうやらルガンは泳いで5階へ逃げたらしい。


 カオカは頬を赤らめた。彼女は鎖のフードを外しており、癖っ毛の黄金の短髪をあらわにしている。


「すまなかった、ラグネ。お前がいなければ全員溺死(できし)していた。この階に来た俺は、ただ沈んで半魚人に殺されかけただけだ。ほかの誰をも助けられなかった――」


 今回のことがショックだったのか、ぽつりぽつりと話した。


「ありがとう。今までふんぞり返っていた自分を殴ってやりたい気持ちだ。改めて、今まですまなかった。反省している」


 いつも尊大だったカオカが、こうもしょげている。ラグネは何だか爽快な心持ちで、自身の胸を叩いた。


「僕に任せてください。必ず25人全員を地上に帰還させてみせます!」


 それなんだが、とカオカは腕を組む。


「何で赤の他人である近衛隊員たちや、やっぱり知り合いでもない冒険者たちまで救おうとするんだ? そんな義理はないはずだが……」


 ラグネの返事は間髪を入れなかった。


「あります」


「ほう、どんな責務だ?」


 ラグネはためらいつつも語る。


「僕は今まで悲しい思いをしてきました。邪炎龍バクデンに魔法使いロンさんを、魔人ソダンに賢者アリエルさんを、また別の戦いでは魔物使いボンボさんを――それぞれ失ってきました。そのたびに深い後悔と激しい自己嫌悪に苦悩したんです。それはいまだに続いています」


 ラグネはうつむき、膝の上の両拳を握り締めた。


「この気持ちを、悲しい思いを、ほかの誰にも味わわせてはならない。それが僕の――『神の聖騎士』として『マジック・ミサイル・ランチャー』を与えられた者の――責任だと思うんです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ