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0230ワールド・タワー05(2147字)

「俺は貸さないぞ」


 言葉の意味が分からず(おもて)を上げたラグネ。その鼻先にカオカの人差し指が突きつけられる。


「俺は元賢者ボンレッカと、元僧侶ムドラを貸さないぞ。ラグネ、それでもお前はひとりで次の階へ進めるのか?」


「はい!」


 ラグネの返答は即時だった。ブラディがあごをつまんで不思議がる。


「次の階への第一歩目は、地獄に落とされるかもしれない危険なしろものだ。それを買って出ようだなんて、やはり『マジック・ミサイル・ランチャー』があるからかい?」


「それもあります。それはもちろん。でも、僕は……」


 クリスタルの明かりで照らされる、ほかの21人を見渡した。そのうえでカオカに正対する。切れ味すらありそうな言葉を繰り出した。


「僕は、僕を含めたこの25人を、無事に塔の外へ連れ出したいんです! ……誰にも死んでほしくない。必ず全員生きのびて、再び大地を踏むこと。それが、僕の念願なんです!」


 それは本音であり慢心ではない。自分がこの場に居合わせたこと自体が、天啓のようにも思えた。


 どこかから「甘いことを……」とつぶやく声がする。振り返るまでもない、これはガセールの台詞だった。


 カオカはしかし、ラグネの願いにその心を揺り動かされたらしい。側近のトナット副隊長を見上げた。


「どう思う?」


 トナットは肩をすくめた。


「本人がやりたいって言ってるんだから、やらせればよろしいかと」


 冒険者代表のブラディは、ラグネの覚悟に胸打たれたようだ。彼に歩み寄って肩に手を載せた。その生真面目そうな瞳がうるんでいる。


「僕のパーティーの僧侶ロモンを貸すよ。きみが何かに傷つけられたとき、その治癒の(にな)い手は必要だろ? いいよね、ロモン」


 太っちょのロモンは太鼓腹を揺すって笑った。


「リーダーが言うなら、僕は手を貸しますよ」


 単独冒険者のなかから、14歳の賢者ヨダイが手を挙げる。緑色のふわふわした髪が上下し、ラグネの発した内容に感激しているようだった。


「私もお手伝いします! 私も回復魔法はお手の物ですから!」


 ラグネはロモンとヨダイの参加に純粋に感謝する。


 カオカは腰の左右に手を当てた。感激したような、呆れ返ったような、そんな複雑な笑いをする。


「やれやれ、命の価値を知らん奴らだ。……いいだろう、3人を先頭として移動だ。彼らが無事に帰ってきたら、我々残された22名も先に進む。これでいいな、ブラディ、コロコ」


 ブラディもコロコも了承した。前者は前のめりで、後者はやや不安そうに。




 25名は1階中央のクリスタルに順々に触れて、2階へ移動した。


「天井が高いな……まるで大聖堂のようだ」


 25歳ぐらいの近衛隊隊員、キシンレーは、そういって黒い額縁眼鏡の中央を押した。目の下にくまができていて、枯れ木のように細い体である。短槍と鎖かたびらで武装しているが、完全に道具に扱われている。


「1階と同じようですよね」


 21歳ぐらいの近衛隊隊員、ロチェが、キシンレーの独り言に反応した。黒い三つ編みで、キシンレー同様()せ気味である。革の鎧に長剣という装備だが、両足が長くてカモシカに見えた。


「私、こんな不気味な塔で死ぬのなんて嫌です……。おうちに帰りたい……」


 おどおどと、まるで落ち着きのないロチェだった。


 カオカがあちこちに転がる魔物の欠損死体と、それが沈む青い血だまりに目を見張っていた。


「これをお前ひとりでやったのか、ラグネ」


「は、はい。『マジック・ミサイル』で……」


 副隊長トナットはあんぐりと口を開けたままだ。


「すげえな……」


 魔王アンソーを倒した『神の聖騎士』の力に、今さらながら感嘆させられているみたいだった。


 1階の水晶体はフロアの真ん中にあったが、2階から3階へのクリスタルは、奥の壁に()って浮かんでいる。これが確実に上階へ繋がっているかどうかは分からない。ただ、どうせここで暇を潰していても餓死するだけだった。信じて進むしかない。


 ラグネは背後のロモンとヨダイに振り返って目顔でうなずき合う。そして改めてクリスタルを視界に収めると、そのなかへ身を躍らせた。


 目の前に広がったのは、植物生い茂る庭園だった。地面は土で、石造りの建物群――ツタとコケで覆われていた――がでたらめに並べられている。


 天井すれすれの位置に光球があった。それはまるで真夏のような日差しを降り注いできている。だがよくよく見れば、その球は半分が闇で、半分が光となっており、今は後者が活躍していた。


「やあ、来たね」


 ひとりの美少年が岩に腰かけて笛を吹いている。長髪は腰まで伸びて、白い衣服とのコントラストを描いていた。無防備な笑顔をさらけ出している。


「僕はルガン。この3階に住んでいるちょっとした笛吹きさ」


 ラグネはその物腰の柔らかさに、少しだけ緊張を(ゆる)めた。後から入ってきたふたりとともに自己紹介する。


「そうか、ラグネにロモン、ヨダイと言うんだね。この塔にはいろいろな人間や魔物が現れるけど、きみたちはそのなかでも最上級に優しい顔をしているよ」


 ロモンは照れ笑いし、ヨダイは頬を赤らめている。ラグネは尋ねた。


「この階から4階に続くクリスタルを探しているんですが、ルガンさんは何かご存知ないですか?」


 ルガンは髪をかき上げた。銀色の瞳が光を反射して華麗に輝く。


「その前に、一曲聴いてくれないか。話はその後でもいいよね?」

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