0023悪徳の街01(2279字)
(6)悪徳の街
カレスに10万カネーを支払って、コロコたちは20万カネーをふところに収めた。
「これだけあれば次の街まで行けるね。次はお待たせしました、このコロコさんの故郷、『エヌジーの街』でーす。拍手ーっ!」
宿屋の一室で、コロコは喜色を隠さなかった。パチパチと拍手するボンボとラグネに、偉そうに胸を張る。彼女によれば、里帰りは3年ぶりなのだとか。
「父さんも母さんも元気かな。ときどき便りを出してるけど、何だか最近は『文通税』とかでギルドに手紙を出すのもためらってしまうとか……。ま、行ってみれば分かるでしょ」
酒の入った皮袋を傾けた。ナイトの街の冒険者ギルドは一体化の方向に進み、その功績はあげてラグネのものだと彼女は主張している。それにはアコもタマキも納得済みで、特例としてこの宿屋の一室をただで貸してくれたというわけだ。
「エヌジーの街までは馬で4日かかるわ。お金は有限、ちびちび使って無駄遣いしないように。いいね?」
「はぁい」
「よろしい。じゃあ私はもう寝るから、後はよろしく」
ベッドの上でこてんと寝転がり、コロコは早くも寝息を立て始めた。ボンボとラグネは顔を見合わせて苦笑する。
「我らが麗しきパーティーリーダーさまは、ご機嫌よろしゅうございますね」
「ボンボさん、何かつまめる物ないですか? お酒を飲みたいんですが……」
「それならチーズとゆで卵があるぞ。たまには男ふたりで飲み明かそうか」
「いいですね」
あれこれと歓談しながら、ぶどう酒の入った皮袋を傾けるふたり。話はコロコの過去に行き着いた。
「コロコは結構素直な人生を歩んできたみてえだな」
「そうなんですか? ボンボさん」
ボンボは童顔を赤くして、だいぶ酔っ払ってきたらしい。舌も滑らかに回転した。
「ああ。エヌジーの街ですくすく育ってたころから、武闘家としての素質があったみたいだ。将来は冒険者ギルドに登録して、武闘家としてやっていきたいと、子供の頃から口癖のように繰り返してたそうだ。そして14歳のとき、キンクイに出会ったんだな」
コロコがかつて話していた。『夢幻流武術』を教えてくれたのが、武闘家キンクイさんだったと。
「コロコは旅立つなら今だ、と決心したそうだ。キンクイに弟子入りして、冒険者としてさまざまなことを学んでいきたいと、両親にお願いしたらしい。キンクイは人格も立派で、『あたしが責任もって面倒を見ます』と断言した。2歳年下のコロコをひと目で気に入ったみたいだった。これに根負けして、コロコの両親はお願いしますと頭を下げたそうだぜ」
ラグネはチーズを食べながら、ベッドの上で寝返りを打つコロコを見やった。なるほど、『素直な人生』か。うらやましくないといえば嘘になる。
「ボンボさん。僕とキンクイさんが出会って同じパーティーになったとき、すでにコロコさんはいませんでした。もしかして喧嘩別れとか……」
ボンボは一笑に付した。
「まさか。何でもキンクイが、コロコを独り立ちさせたくて、『また成長したら会おう』と2年前にたもとを別ったそうだ。赤いバンドを託して……。その後コロコはおいらと、キンクイはラグネと出会ったというわけさ」
「なるほど。……コロコさんは『夢幻流武術』というのを、もう免許皆伝したんですか?」
「おう、たった一年でな。飲み込みが早くて、キンクイを驚かしたのを今でも自慢げに語っているぜ。才能的にはずば抜けているんだ、コロコは」
ボンボはまるで自分のことのように嬉しそうに語った。ラグネはその様子に好奇心を湧き立たせる。
「ひょっとしてボンボさん、コロコさんのことが好きだったりして……?」
ボンボは目をしばたたき、手を振って苦笑した。
「まさか。おいらは冒険者仲間として尊敬しているだけだ。そういうラグネはどうなんだ?」
ラグネはボンボとそっくり同じことをした。
「僕もです。……何だかコロコさんは、僕にお姉さんがいればこんな感じなのかな、と……」
「ああ、それそれ! 分かる分かる」
男ふたりは笑い合う。夜は更けていった。
「きみ、飲みすぎたんでしょ」
「はい……」
ラグネは二日酔いで元気がなかった。ボンボもそうだったが、こちらはラグネの回復魔法でしゃっきりしている。
「行こうぜ、コロコの故郷、エヌジーの街へ!」
「うん! 飛ばすわよ!」
3人は馬に乗って疾走していった。
4日後の夕暮れになって、ようやくエヌジーの街にたどり着く。ここもルモアの街やナイトの街同様、城壁に囲まれた都市だ。ただそのスケールは、前2都市よりだいぶ小さくなっていたが。
「危ない危ない、もう少しで閉め出されるところだったね」
入場するための跳ね橋が上がる直前、滑り込みで何とか通過できた。だが……
「入場料2万カネー、払ってもらうぞ」
「えっ!? 2万も払わなきゃいけないの!?」
門衛の要求に、コロコが当惑する。
「3年前は8000カネーだけだったと思うけど……」
「町長の財政改革があってな。そら、払うのか払わんのか」
財布を握っているボンボが仕方なさそうに硬貨を数え、門番に渡した。
「ひい、ふう、みい……。よし、ぴったりだ。通ってよいぞ」
「ありがと。それじゃ」
「待て」
もみ上げの長い別の兵士が、コロコたちに声をかけた。
「女、お前らの名前を教えろ」
「私はコロコ。こっちの童顔がボンボで、そっちの玉ねぎ頭がラグネ」
兵士が身分証明書をコロコに返す。下卑た笑いを浮かべた。歯がまっ黄色だ。
「冒険者ギルドに行くんだな?」
「うん。その後は実家へ向かうつもりよ。……もういいでしょ?」
「ああ、行っちまいな」
コロコはせいせいしたとばかりに、ボンボとラグネを引き連れて街へ入った。




