0227ワールド・タワー02(2183字)
最年少11歳のタリアが、ラグネの袖を引っ張る。
「とにかく生きて帰ってきてくれて嬉しい」
あどけない顔と細身の体で、移り変わる途中の美をかもし出していた。水色のツインテールにだいだい色のチュニック、茶色のズボンという服装だ。これでも『悪魔騎士』であり、その特技『影渡り』にはずいぶん助けられていた。
ラグネ、コロコ、ガセール、タリアたち4人に、いきなり大声で話しかけてきたものがあった。
「待て、俺たちを無視する行動は許さぬぞ!」
27歳ぐらいの女だ。鎖かたびらで全身をほぼ覆っている。腰のベルトから長剣を吊るしていた。鉄鎖のフードから、緑色に輝く瞳と高い鼻筋を露出させ、男女と呼びたくなるいでたちだった。
「俺はドレンブン辺境伯近衛隊隊長、カオカだ。お前ら、勝手にこの場を仕切るな」
トータ伯爵に常時ついて回っている近衛隊の親分か。確かに、ほかの20数名を無視するような言動はつつしむべきだったかもしれない。ラグネは反省の弁を述べた。
「すみません。僕らもこの事態に、慣れてはいないので……」
カオカ隊長の隣に立つ長身の男が、何がツボだったのか急に笑い出し、口元を押さえた。頭巾なしの鎖かたびらをまとって槍と長剣を擁している。鼻が突き出ていて、美男子とはいいがたい。もみ上げが髭と繋がっていた。29歳ぐらいか。
「そ、そりゃ、慣れてるわけもないでしょうが……プププッ!」
カオカが怒ったような表情で、男に軽い肘鉄を食らわす。
「トナット副隊長、お前のツボはよく分からん。とにかく笑うな。恥ずかしいだろ」
「こりゃすみません……ププッ」
どうやら近衛隊の副隊長であるらしかった。
カオカが周りを見渡しながら、大声で自説を開陳する。
「今俺たちは絶望的な状況にある。塔の1階の出入り口は完全に封鎖され、外と意思を疎通させることもできない。俺たちはこの塔に閉じ込められたのだ!」
ラグネもコロコもガセールもタリアも、ただ黙って聞くしかなかった。
「さらに悪いことに、1階の壁も柱も誰ひとり壊すことはおろか、かすり傷ひとつ付けられなかった。この鉄壁さは塔全体に及ぶのだろう。かくなる上は、この塔を上って地上への出口を見つけるしかない!」
自分の声がすみずみまで届くのを待ってから、カオカは自信満々に撃ち出した。
「そしてこの状況を乗り切るには、総員を仕切る強い指揮者が必要だ。それには力の強さではなく、幾多の修羅場で積まれた経験の差こそがものをいう。すなわち……」
どん、と自分の胸を叩いて微笑する。
「この近衛隊長カオカさまこそが、リーダーにふさわしい。そうだな、みんな?」
確かにまとめ役は必要だ、とラグネは考えた。この塔について、何階建てなのか、途中で出口はあるのか、最上階には何が待つのか。分からないことが多すぎるのに、各自が単独行動していてはそれぞれの生き残る確率が低下するだけだ。
みんなの意見をまとめ、率先垂範していく人物は必要不可欠。それがラグネの結論だった。その役にカオカ近衛隊長が適任かどうかは、また別の話である。
「ちょっと待ってくれ。それじゃ近衛隊と関係ない僕らはどうなる?」
口を挟んだのは、ラグネに近い年かっこうの戦士だった。兜のような豊かな長髪と、真摯さを感じさせる茶色い瞳が印象的だ。
カオカがいぶかしむ。
「お前は冒険者だね? まずは名前を聞いておこうか」
「僕はブラディという。冒険者の魔法剣士だ。こっちの女の子が盗賊のコラーデ、男の子が僧侶のロモンという。僕を含めたこの3人は、同じパーティーメンバーだ」
コラーデは赤い逆毛に広い額が特徴的だ。尖った鼻が幼さを感じさせた。短槍と革鎧を装備している。
「よろしくね、カオカさん! キシシ!」
ロモンは太っちょで、太いげじげじ眉毛がどんぐりのような目の上に這っている。こちらは斧と鎖かたびらで身を固めていた。
「どうも、カオカさん」
ふたりの挨拶を邪険に無視し、カオカはブラディの問いに答えた。
「もちろん、近衛隊の隊員だろうが、冒険者パーティーであろうが、指導者の命令に忠実に従わなければならない。近衛隊と関係なくてもな」
「そんな……横暴だ」
カオカはわざとらしい咳払いをする。
「取りあえず改めて自己紹介しておこうか。ひとり残らずな。俺は近衛隊長のカオカ」
「私は近衛隊副隊長のトナットと申します」
それから残りの近衛隊員全12名が名乗った。
オゾーン、ケバン、ボンレッカ、ムドラ、ロチェ、ラペン、ドネム、ゴメス、キシンレー、ジェノサ、ブル、ナルダン。
「近衛隊員は前職を持つものが多い。たとえばこのカオカはもと魔法使いだ。トナットはもと盗賊。前職がないのは近衛隊最年少のオゾーンと、その師匠ジェノサのふたりだけだ」
オゾーンは13歳ぐらいに見えた。刈り上げた頭髪は群青色で、まだませた子供のような幼さが見え隠れしている。武器は短槍で、革の鎧をまとっていた。両手を後頭部で組んで、にへらと笑う。
「ジェノサ師匠、俺たち今ほめられたのかな?」
質問されたジェノサは、横にでかくビール腹だった。鎖かたびらを着こなして斧を肩にかついでいる。いかつい顔で、髭が汚く伸びていた。
ジェノサはオゾーンのおちゃらけた態度に苦笑する。
「わしらは物理特化の使えない奴だとおっしゃられたのだよ、カオカさまはな」
「なぁんだ。俺ってカオカさまにほめられたことないんだよな。今回も駄目だったかぁ。ちぇっ」




