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0226ワールド・タワー01(2085字)

※この小説は神の視点で進みます。




(36)ワールド・タワー




 ラグネは『純白の天使』に祝福された『神の聖騎士』であり、『マジック・ミサイル・ランチャー』と羽を(よう)する僧侶である。


 玉ねぎのような銀髪に眉毛が隠れ、小動物のごとく両目は赤くて大きい。顔の輪郭は丸みを帯びて、頬は白い結晶のよう。灰色のローブを着込んでいる。クリスタルに写る自分の変わらぬ姿に、少し安心した。もうじき19歳になる、ラグネの肖像だった。


 2階は怪物の巣窟になっているのだろうか? そんな恐怖を覚えつつ、1階中央に浮遊する水晶体に触れた。ほのかに光を放って浮かぶこのクリスタルが、2階に通じていると推測して。


 移動はあっけなかった。まるで隣部屋に踏み込むように、ラグネの五体は何の障壁もなく2階らしき空間に転移したのだ。


「うわっ!」


 ラグネは異様な光景に面食らい、思わず叫んだ。巣窟なんてものじゃなかった。大聖堂のような高さと、市場のような広さを持つその場所は、みっしり昆虫型の魔物で埋め尽くされていたのだ。


 カナブン、カブトムシ、クワガタ、()、ムカデ、カエル、バッタ、コオロギなどなど、季節もへったくれもない巨体たちが、侵入者のラグネに敵意を向けてくる。


 先ほど宝物と勘違いしてクリスタルに触れ、ここへ飛ばされたものたちは、食い尽くされて原型をとどめていなかった。赤い血があちこちに飛び散っていることから、凄惨(せいさん)な最期だったことがうかがえる。


「『マジック・ミサイル・ランチャー』!」


 ラグネの背後に(たる)のような大きさの光球が浮かび上がった。昆虫の怪物がいっせいに(おど)りかかってくるのを、光球から放つ光の矢で迎撃する。


 化け物たちは無数の怒涛(どとう)蹂躙(じゅうりん)され、2発ないし3発で1匹が完全に消滅させられた。おそらくここにもあるであろう『3階へのクリスタル』を壊さないよう気をつけながら、ラグネは頭上や横や斜め上から迫る敵を滅ぼしていく。


 やがて一対多の戦闘は、前者の圧倒的勝利で終わった。生あるものはラグネだけとなり、ほかは跡形もなく消滅している。ラグネはふう、と額の汗をぬぐった。そして視線をある場所に向けた。


 (あわ)く輝く3階への水晶体。その隣に、古めかしい壷が転がっていた。ラグネはそこへ歩いていく。どうも今の戦いの感じだと、昆虫の怪物たちはあの壷から湧いて出てきたような気がしたからだ。


 不意打ちを食らわないように光球を背部(はいぶ)に浮かせたまま、そろそろと近づいてみる。少し緊張してなかを(のぞ)くと、今まさにカマキリの魔物が生み出されるところだった。


「やっぱりそうだ」


 ラグネはバックステップして、ひと振りされる鎌をかわした。壷のなかから出現したカマキリは、問答無用でラグネに襲いかかる。ラグネはその鋭利な刃を、本体ごと『マジック・ミサイル』で滅ぼした。そして、放っておけば際限なく化け物を生み出す魔法の壷も、この際完全に破壊しておく。


「これでよし……」


 2階は静かになった。安堵と満足で、ラグネは足取り軽く1階に戻る。


 今気づいたが、円形の塔は数十本の柱と外壁で各フロアを構成されていた。通常、その柱は内周に沿()って並べられ、そのさらに内側は何もないだだっ広い空間が広がっている。そして、総じて天井が異様に高かった――まあ、まだ見たのは2フロア分だけだが。


「ラグネ! 2階はどうだった?」


『夢幻流武闘家』コロコが、ほっと安心したようにラグネへ声をかけてきた。


 黄土色の癖毛を垂らし、額にはキンクイからもらった赤いバンドを巻いている。武闘家とは思えない優れた容姿で、特に決然たる金色の両目は宝石のような輝きを放つ。やや薄めの胸、くびれた腰に、布地の少ない衣装を着込んでいた。肩から斜めに()げているのは、死んだ魔物使いボンボの形見の鞄だ。17歳の少女だった。


 ラグネとコロコは「好き」と言いあった仲である。「付き合って」とまでは言っていないので、恋人同士なのかまだ友達なのかは微妙なところだ。しかし、ふたりとも歴戦の冒険者であるため、その辺りは脇へうっちゃっていた。


 大事なのは生き抜くことだ。恋や愛を語らうのはその後でいい。それが両人に通底する心情だった。


「魔物の巣窟でしたが、全部倒してきました。今は安全に通行できます」


「さっすがぁ! じゃあ2階へ移動だね、みんな!」


 そのとき、冥王ガセールがラグネに近づいてきた。


 水色の髪の毛は後頭部で縛られている。彫りの深い両眼は灰色で、異様な輝きを放っていた。肌は白く、矢印のような鼻を気高く引き立てている。見た目は24歳ぐらいだった。赤黒い服で、腰に備える剣は三枚刃だ。


「ラグネよ、魔物をすべて倒してしまったのか?」


 微量の非難が混じっていることに気がつき、ラグネは及び腰になった。


「は、はい。まずかったでしょうか?」


「いや、まずいというわけではないが――どうもこの塔は得体が知れぬ。ひょっとしたら長旅になるかもしれない。怪物の体は貴重な食糧として確保しておいたほうがよかったかもな、と思ったまでだ」


 なるほど。ラグネはおのれの迂闊(うかつ)さを呪った。あの壷は無限のパン焼き釜だったかもしれないのだ。安直に壊してしまったことが悔やまれた。

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