0224塔03(2134字)
「低空しか飛べぬ」
返事は簡潔かつ明瞭だった。やはり『神の聖騎士』や『悪魔騎士』の羽では高く飛べないらしい。となると、あの塔を攻略するには1階出入り口から入って上っていくしかないか。
ラグネがコロコを、タリアがガセールを背中に乗せて、金色の翼を広げた。街中へ滑空していく。着地して羽を閉じ、周囲の好奇の視線を痛いぐらいに浴びながら、街を歩き出した。
「酷いね……」
コロコが強張った表情で家屋の残骸に目をやる。塔は周囲のものを押しやりながら生えたらしい。巻き込まれて生き埋めになった被災者の救助を、多くの人々が懸命に行なっていた。
こんな状況を見て、のん気に酒など飲む気分にはなれない。ラグネは捜索活動に参加したいと思ったが、その前に冒険者ギルドにおもむいて登録しておいたほうがいい気がした。
「賛成! 私たち、冒険者だもの」
コロコはタリアとガセールを勝手に冒険者に認定している。そのふたりは呆れ果てたのか、抗議する気力も湧かないらしく無言だった。
道行く人に聞いて、ドレンブンの街の冒険者ギルドが健在なことを教えられる。行ってみると、確かに大きな石造りの平屋が無傷で建っていた。なかに入ると、がらんとしてひと気がない。
まずはギルドマスターに冒険者として登録申請を行なった。手続きを済ませると、さっそくこの無人ぶりの原因を尋ねてみる。
「みんな『人命救助の依頼』を引き受けて取り掛かってるんだ。あんたらもやるかい?」
「『塔の魔物を退治する依頼』ってのもあるけど……」
コロコの問いに、ギルドマスターはひとつ点頭した。髭もじゃである。
「ドレンブン辺境伯トータさまが人手を募集してるんだ。命懸けだが見返りは大きいぞ」
「乗った! じゃあそれでよろしく」
「後ろのふたりは? 冒険者じゃないのかい?」
コロコは調子よく答えた。
「冒険者志願よ。タリアとザオター。ふたりとも登録して」
「お譲ちゃんは11歳以上かい?」
「うん、11歳だよ」
「なら大丈夫だ」
登録書がふたセット用意され、タリアはそのまま、ガセールはザオターとして記入する。タリアはともかく、ガセールは何でこんな真似をしなきゃいけないのかと、不平不満をみなぎらせていた。それでもしぶしぶ書き終える。
こうして晴れて冒険者となった2人を引き連れ、ラグネとコロコは塔の出入り口へと向かった。
「お前らきばれ! 怪物どもの街への侵入を許すな!」
自分は離れた本陣で椅子に座りながら、出入り口の様子を遠く見ている。あれがトータか。老獪な狐に似ているな、とラグネは思った。
小姓に取り次ぎをお願いすると、ほどなく通される。伯爵はこれ以上ないぐらいに喜んでいた。嬉々としてラグネに握手を求める。
「お前がラグネか! よくぞ参った。さっきまでスライム退治に協力してくれていたそうだな。その八面六臂の活躍、真に冒険者の鑑ぞ! さすがは魔王アンソーを倒しただけはある」
そうして塔を見上げた。笑みが引く。
「古文書などによれば、これは『ワールド・タワー』と呼ばれる、世界を転々と渡り歩く不思議な塔だそうだ。今回は運の悪いことに我が港湾都市ドレンブンに現れた、というわけだな」
「世界を渡り歩く――。ということは、しばらくすれば消え去って、また別の土地に移動するわけですか?」
「古文書によれば、な。要はそれまでの間、1階入り口から出てくる魔物を倒していればいい。いずれいなくなるわけだからな」
塔は中規模の市場ぐらいありそうなサイズの円筒型で、見上げればどこまでも伸びている。いったい最上階には何があるのだろう? ぜひぜひ上ってみたい。
――ともあれ、今回はそんな興味を満たすために来たわけではない。依頼は魔物退治の手伝いだ。冒険者として、仕事はきっちりこなさねば。
「では、魔物を倒しにいってきます」
トータは満足げに髭を引っ張った。
「うむ、苦しゅうない。『マジック・ミサイル・ランチャー』、この場からしかと見届けさせてもらうぞ」
ラグネたちは戦士や剣士、盗賊や魔物使い、僧侶や賢者に魔法使いと、さまざまな冒険者が戦う修羅場に近づく。巨大なバッタとクワガタが、人間を噛み裂いたり突き殺したりして傍若無人に振舞っていた。
ラグネはガセールに耳打ちする。
「黒い『マジック・ミサイル』は見られるとのちのちまずいんで、ここは僕に任せてください」
「分かった」
ラグネは暴虐の限りを尽くす魔物たちに対し、背部に光球を浮かび上がらせながら近づいた。
「『マジック・ミサイル』……!」
光の乱気流が2体の怪物に浴びせかけられる。どちらも瞬時に消滅した。
周りから大歓声が起きる。ラグネは照れながら手を振って応え、塔の出入り口へとおもむいた。
「へえ……」
コロコが感嘆する。無理もなかった。
塔は黄土色で、その壁はレンガと漆喰の混合で組み上げられている。入り口両脇には巨大な武神像が彫り込まれており、格調高かった。古代文字、唐草紋様がその周囲にびっしり描き込まれ、ものした芸術家の偏執的なまでの美の追求に感服させられる。
タワーを支える最低部がこの1階であり、その厚みと広さは想像を絶するものがある。見上げれば、建物は雲まで届く高さだった。その頂上はいったいどこにあるのだろう?
そこへずかずかとトータ伯爵がやってきた。ラグネの肩を叩く。




