0223塔02(2158字)
タリアが注意してくる。
「あんまりスライムを倒すと『影渡り』で影に乗っていくのが難しくなるよ。これからどっちへ行くの? 北? 南?」
ラグネは適度にスライムを滅ぼしながら考えた。
「南のドレンブン辺境伯領のほうが近いですから、そこへ行きましょう。ガセールさん、取りあえず一緒にお酒でも飲んで打ち解けましょうよ」
実に軽い口調に、ガセールは鼻白む。
「あのな、余は一応冥王だったものだぞ。一緒に仲良く酒を飲んで語り合おうというのか?」
苦情を申し立てた。しかしコロコも調子よくラグネの話に乗っかる。
「そうしよう、そうするべきよ、ガセール!」
ラグネはガセールが何か言おうとするのにかぶせた。
「ここからなら南のドレンブン辺境伯領が近いですから、南に行くとしましょう! タリアさん、お願いします!」
「うん、分かった!」
ガセールはしばらく開いた口が塞がらない、といった具合だったが、やがて苦笑して抗議をやめる。
タリアの手首と足首を3人がつかみ、タリアは近づいてきたスライムの影に潜り込んだ。たちまち暗黒の空間に埋没する。ラグネとコロコは慣れたものだったが、初体験のガセールは少し混乱の雰囲気をかもし出していた。
タリアはときどきスライムの流れから離れ、適当な木や岩の影から周囲を確認する。そのたびに「何だろう、あれ」とか「変なの」とかつぶやいた。いい加減気になったラグネは、何がおかしいのか尋ねてみる。
「いや、港湾都市ドレンブンに、でっかい塔が生えてるみたいなの。天を衝くほどの高さの……」
コロコが興味を示した。そうなると止まらない彼女だ。
「見てみたい! ちょっと影から出してよ、タリア」
タリアはにべもなかった。
「無理だって。スライムに食われちゃうよ。あと少しで城壁だから、もうちょっと我慢して」
「ちぇっ、分かったわよ」
ほどなくしてタリアが叫んだ。
「着いたよ。城壁の上からスライムたちに、いかずちや炎や風の魔法で攻撃してる。巻き添え食ったら馬鹿みたいだから、ここからは森の影のなかを移動するね」
そうして囲壁の影に移って駆け上がり、最上部の歩廊に到達する。ここで4人は外へ出た。ラグネたちは問題のタワーをおのが目で確認する。確かに太い建物が、雲に隠れて見えなくなるまで垂直に伸びていた。
北から押し寄せるスライムたちに抗していた人々は、いきなり現れた無秩序な男女たちに吃驚する。
「な、何だお前らは!」
「敵か!? 敵なのか!?」
「答えろ! 場合によっては容赦せぬぞ!」
ラグネは突きつけられた剣に少し怯えたが、別に疚しいことはないのだと思い直す。そして、論より証拠だとばかり、背部に光球を発生させた。
「魔王アンソーを倒した『マジック・ミサイル・ランチャー』です。スライム退治は任せてください!」
近づいてくるスライムたちが、光球より放たれた波のような光芒にさらされ、次々に滅亡していく。歩廊の上の人々や哨兵たちから歓声が上がった。
「こりゃ凄い! はかどるはかどる!」
「魔王アンソーを倒したってことは、お前がラグネだな!?」
「すげえ、本物のラグネだ! 後でサインちょうだい!」
それはいいんですが、とラグネは言った。
「あの塔は何なんです? まさかトータ伯爵が建造したとか?」
若い哨兵はその冗談を気に入ったか、大笑いする。
「違うよ。3日前に突然現れて、人や家屋や店を跳ね除けながら天まで生えたんだ。しかもそれだけじゃないぜ。1階の出入り口から魔物たちが湧いて出てくるっていうんだ」
コロコが光弾を撃ちながら、興味しんしんで尋ねた。
「魔物が……。それはどんな種類なの?」
「そうだな、昆虫系が多いかな。カマキリとか、カブトムシとか。とにかくでかくて人を食らうんだ。今はトータ伯爵様が部下を指揮して、魔物たちを撃退しているそうだよ」
ガセールがラグネに耳打ちする。
「余は『マジック・ミサイル』を使わんぞ。目立つからな」
そう、ガセールは「人間の仇敵」なのだ。下手に異能を行使すれば、知っている誰かが糾弾してくるかもしれない。そこで冥王をかばうことは、ラグネやコロコの立場では難しかった。
「分かりました。その辺で静観していてください。スライムたちも、底をついてきたみたいですし」
本当のことだ。眼下で川のようにあふれていたスライムたちが、今はもう囲壁に群がる数百体しか残っていない。ラグネは大声で周囲の人間を励ました。
「もう少しです! 頑張りましょう!」
「おう!」
魔法使いや僧侶、賢者、哨兵らがいっせいに声を上げる。元栓ともいうべきひん曲がった転移魔法陣は、コロコがとっくに破壊していた。もうスライムたちが増えることはないのだ。
光の矢が液体生物を吹き飛ばす。火炎魔法が焼き尽くし、雷撃魔法が核を砕き、風刃魔法が切り刻む。
半刻もしたころには、とうとうスライムたちは完全に影も形もなくなっていた。
「やったー……!」
歩廊の上の人々は、その場にぐったり寝そべって疲労のなすがままとなった。その贅沢を、彼らは勝ち取ったのだ。僧侶が回復魔法をかけて回っている。ラグネも手伝った。
これでドレンブンの街は安泰だろう。問題はあのタワーだった。何だかこう、冒険者心をくすぐられる。
「上ってみたいね」
コロコが目をきらきらさせていた。ラグネはガセールに聞く。
「ガセールさんはどれだけの高さまで飛ぶことができますか?」




