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0022ふたつのギルド04(2388字)

 夕暮れが始まった頃、ようやくナイトの街に戻ってこれた。冒険者ギルドの会館に入ると、アコとタマキの両勢力がにらみ合って、激しい口喧嘩をかわしている。コロコは呆れ返った。


「ホントに元気ね」


 カレスが知り合いに喧嘩の原因を聞くと、どうやら両者はウーレの辞職と帰郷について、またぞろ蒸し返したらしい。


 アコがウーレを無理矢理解雇して、故郷へ帰らせたと主張するタマキ側。そんな根も葉もないことをほざくな、とやり返すアコ側。手こそ出さないが、凄まじい暴言の応酬である。ラグネは耳が痛くなった。


 そんななか、コロコがアコ側のカウンター前まで行って、背負っていたカゴを下ろした。不意に室内が静けさを取り戻す。


「アコさん、『森星』を摘んでくる仕事、終わったよ」


「あら、本当? ありがとう!」


 喜色満面のアコ。それに対して、反対側のタマキが悔しそうに舌打ちをした。


 ラグネはこの両者の反応に、ピンとくるものがあった。


「あの……」


 ラグネは手を挙げた。コロコが振り返って見やる。


「どうしたの、ラグネ?」


「『森星』の仕事の依頼主が分かりました」


 この言葉に、両陣営が騒ぎ出す。タマキ側の冒険者が問いかけてきた。


「その仕事は毎年あるけど、毎年依頼主は匿名希望だ。そっちもそうなんだろ? 分かったっていうなら聞かせてもらおうじゃないか。その名前を……」


 ラグネは目に涙をためた。これで間違っていたら、ただでは済まないのでは……。そんな恐怖と、館内全員の視線からくる居たたまれなさに尻込みする。でも、口にしたことには責任を取らないと。


「は、はい。依頼主は、ギルドマスターのアコさんとタマキさんです」


 一瞬の空白ののち、館内から大爆笑が起きた。ラグネは首をすくめ、笑われた屈辱に耐える。アコ側の冒険者がおなかを押さえて苦しそうにした。


「何でそう思ったんだ? たかだか『森星』摘みの仕事に大金を支払って、アコさんやタマキに何の得があるってんだ? 説明してみろよ、小僧」


 ラグネは笑いが収まるのを待ってから口を開いた。コロコやボンボの支えるような視線に勇気をもらって。


「アコさんとタマキさんは、喧嘩して絶縁した初春のこの日が来るたびに、こっそり冒険者に『森星』を摘んでくることを依頼していました。なぜか? それは、その日に『森星』を獲得することで、自分こそが花言葉どおりの『純真』であると証明したかったからです」


 今度の笑いはまばらだ。アコもタマキも笑顔はなかった。


「アコさんは、ウーレさんの辞職と帰郷に一切関与していないことを。タマキさんは、自分がアコさんを憎むのは正当であることを。それぞれ、明瞭にアピールしたかったんです。たぶん、先にこれを始めたのはアコさんで、タマキさんはそれを真似したんでしょう。ただの花摘みにしては高い報酬も、それなら納得できます。タマキさんは、アコさんに勝ちたかったんです。アコさんは、タマキさんに負けたくなかったんです」


 今や笑うものは皆無だった。


「ウーレさんについては、あまり憶測が過ぎるので、口にするのははばかられるんですが……」


「いや、いい。言ってくれ、少年」


 タマキがラグネに推理の続きをうながす。ラグネは躊躇(ちゅうちょ)したが、彼の真摯なまなざしに根負けした。


「たぶんウーレさんは、タマキさんの地位とお金を目当てに、タマキさんに近づいたんだと思います。しかし、『アコさんをあきらめさせる。それでたとえギルドマスターをクビになっても、俺はきみとの愛を守るよ』とのタマキさんの言葉と、目の前で行なわれた大喧嘩で、ウーレさんはタマキさんがギルドマスターをクビになると直感しました。そうなればタマキさんにこだわり続ける必要はなくなります。アコさんとも関係が悪化したウーレさんは、タマキさんを見限って、職を辞して故郷に帰ってしまったんです。――これは真実というには、だいぶ僕の想像が入ってますが……。アコさんとタマキさんは、もし違うと思うことがあれば今おっしゃってください」


 しんと静まり返った館内は、しわぶきひとつもない。ラグネは最後まで言い終えてほっとした。にやりとしたコロコに肘で脇腹をつつかれる。


「きみ、頭もよかったんだね。たぶんその推理どおりだと思うよ。よくやったね」


「コロコさん……。ありがとうございます」


 そこへドアを開けるものがあった。さきほど森のなかですれ違った、タマキ側の冒険者であるヘビメッタたちだ。お通夜のような室内に、何事が起きたのかと手近なものに尋ねる。


「そうかあ、ついにバレちまったかぁ」


 タマキは聞き逃さなかった。


「どういうことだ?」


「いやあ、俺、ウーレが故郷に帰る際に、全部本人から聞かせてもらったんだよな」


「何!?」


 タマキは血相を変える。ヘビメッタは知らん顔だ。


「何で今まで言わなかったかって? だって、言ったらタマキさんの面目(めんぼく)丸潰れだろ。タマキさんの名誉を守るために仕方なかったんだ」


『森星』の入ったカゴを下ろした。しわの多い顔をくしゃりとする。


「それに俺、この花摘みの仕事が楽しくて、毎年任されることに季節の風物詩的なありがたさを感じていたんだ。まあ、まともに摘んでこれたのは、今回が初めてだったんだけどさ」


 アコがカウンターから出て、木柵に歩み寄った。タマキも同様に、アコの前に立つ。


「何と言えばいいか……。本当にすみませんでした、アコさん。俺が馬鹿でした」


 殊勝に謝罪するタマキの姿に、アコの顔は自然とゆるむ。長い年月仲違いしてきたふたりが、今日ようやく理解し合ったのだ。ラグネの推理とヘビメッタの供述で……


「ええ、あなたは馬鹿よ。あたしを好きになれとはもう言わないけど、とりあえずこの冒険者ギルドは再び一本化しないとね」


 腕まくりする。鮮やかな笑顔の華を咲かせた。


「さあ、まずは木柵を取るわよ! みんな、手伝って!」


「おう!」


 こうして両勢力は融和し、ナイトの街のギルドは再び統一されることになった。

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