0217天使01(1973字)
(34)天使
真紅の『孤城』は手刀を作り、真一文字に振り抜いた。衝撃波が飛び出す。
ラグネはコロコに押し倒された。頭上を風切り音が通過していく。もし突っ立ったままでいたら、手酷い傷を負わされていたことだろう。冥王たちもよけたらしい。
「ラグネ、コロコ、私の手首をつかんで!」
タリアが岩陰から上半身だけ現れた。ラグネはコロコとともに言われたとおりにする。真っ暗な影のなかに潜り込んだ。
再び起こった「悪党たちの同士討ち」。ラグネたちにとってみれば、静観していれば十分な話である。何も首を突っ込む必要もない。彼らが勝手に潰しあえばいいのだ。
だが――
ラグネは見てしまった。ガセールの記憶を、ルバマの記憶を。ガセールが歪んでしまった原因である、妻ラネッカと子供の死。ルバマが報われることのない愛のために費やした、苦難の日々。それらを目の当たりにして、ガセールたちを一方的な悪だと決め付けることは困難だった。
「間違っているかもしれませんが――僕は、ガセールさんたちを助けたいです」
結局、青い『孤城』から助けたときと同様の結論だ。コロコのくすりと笑う声がした。
「うん、分かった。付き合うよ。私の光弾なら、鎧を破壊できるって判明してるし」
タリアも苦笑して了承する。
「じゃあ死なないでね、ふたりとも。いってらっしゃい」
ラグネはコロコとともに、影から飛び出した。
目の前に展開された景色では、ガセールが黒い『マジック・ミサイル』で、ユラガの衝撃波を防御していた。赤い鎧が地団駄を踏む。
「何よっ、もう! 抵抗しないでさっさと倒れてよね! こうなったら……!」
紅蓮の『孤城』が突進した。至近距離から衝撃波を撃ち込むつもりだ。ツーンが叫ぶ。
「この化け物! 食らえっ!」
彼女が鞭を放った。それはまるで生きた蛇のように、鎧の足へと巻きつく。ツーンが思い切り引っ張ると、ユラガは回転して背中から地面に叩きつけられた。
「何すんのよ、このおばさん!」
不当な抗議をしながら起き上がろうとする真紅の鎧へ、このとき、上から大量の闇が舞い降りる。ガセールの『マジック・ミサイル』だ。黒き矢は土砂のごとくユラガに降り注ぎ、彼女を地面へと深く埋めていった。
ガセールが矢の波濤を撃ち込みつつ、リューテとツーンに声をかける。
「お前ら、余ではユラガには勝てん。それにこの女には恩もある。だがお前らは違うはずだ」
極めて深刻な声で言った。
「今すぐ逃げろ、これは命令だ」
リューテとツーンが頑としてはねつける。
「冥王さまを見捨てて逃げられないですよ!」
「リューテの言うとおりです! あたしたちは一蓮托生のはずです!」
そんななか、ラグネはコロコとともにガセールに近づいた。
「ガセールさん、協力します」
「私の光弾をユラガに叩き込んでみせるわ。タイミングを合わせて『マジック・ミサイル』の射出を止めて」
ガセールはぼやく。
「まったく、どいつもこいつも……」
長く息を吐くと、コロコと目顔で意思疎通した。ふっと黒い矢を抑える。
「くたばりなさい!」
コロコが穴のなかへ右拳を向けて、光の球を発射した。それは穴の底へと飛翔していく。だが何かにぶつかったような音はついぞ聞こえなかった。
「……当たってない……!?」
コロコが首をかしげる。
そのときだった。
背後から、リューテの悲鳴が上がったのは。
「ぐああっ!」
ラグネは振り返り、少年が左腕を失って転げまわっているのを目の当たりにした。何だ? 何が起こった?
「わらわがそう簡単にやられるわけないでしょ! ざまーみろっ! あはははっ!」
何と赤い『孤城』が地面から上半身だけ出し、嬉しそうな嘲笑を響かせている。ラグネは合点がいった。ユラガは埋められながらも横に穴を掘り、地中を潜って背後に回ったのだ。そしてリューテを攻撃した――
ガセールが憎しみを込めて怒号する。
「ユラガーっ!」
背部の黒い球から矢が飛び出そうとした。だがそれより早く、紅蓮の鎧が衝撃波を放つ。それはガセールの右ひじと右脇腹を切り裂いた。
「がふっ……!」
真っ赤な鮮血を噴き出しながら、ガセールが苦悶の声を上げて倒れる。ツーンが怒った。
「このガキ……!」
ツーンの振るった鞭が『孤城』にぶち当たる。だがまったく効き目はなかった。
「おばさんは退場してよ! 目障りだからっ!」
ユラガは鞭をつかむと、それを背負い投げのように振ってツーンを放り投げる。ツーンは地面に叩きつけられ、うめいてぐったりした。
コロコが右手を構える。
「当たれーっ!」
まばゆい光輝の塊が発射され、赤い鎧に迫った。
「おっと! それは食わないよっ!」
ユラガはそれを泥臭くかわす。もらってはいけない一撃を十分にわきまえているようだった。
ラグネは背中に光の球を発生させ、『マジック・ミサイル』を撃ち出す。光の怒涛は『孤城』に全弾命中した。だがそれらはすべて受け流され、むなしく相手後方へ滑るのみだ。
 




