0216ユラガ03(2207字)
「ユラガよ、ならなぜお前はこの世界に『汚辱のタルワール』を転移させた。青い『孤城』を与えて……」
少女はあざといしぐさで可愛い子ぶった。
「怖い顔しないでよぉ。決まってるわ。ガセールくんがもたもたしてるからよ。妾の魔法使いルバマちゃんに心を傾けて、きみは変わっちゃった。人間としての優しさともろさを併発するようになった。ひょっとして気づいてない?」
自分が、変わった……? ガセールは心のうちを探検した。いや、そんなはずはない。ラネッカと子供の仇を討つ。そのためには人類の抹殺が必要だ。そうしなければ、この胸奥の渇きは癒せない。
ユラガは艶やかに笑う。
「ほらぁ、やっぱり気づいてなかった。もし1000年前のきみなら、『ラアラの街』の人間たちを皆殺しにしたし、コルシーン国・王城城下町でラグネくんたちにとどめを刺していた。相手の命を奪わず、わらわにとって腹立たしい行動を取るようになったのは、きみが変わったからだよ、ガセールくん」
涼しい風が草原を渡っていく。
「だからタルワールみたいな屑を使ったの。彼は弱っちいから単身用転移魔法陣で大丈夫。そして、人間界に渡ったら青い『孤城』を着て、変わってしまったガセールくんたちを殺すよう命じたの。わらわの嫌いな人間ごっこをしているガセールくんたちは、もう目障りだったから。タルワールはガセールくんに仕返しできると知って、喜んで承諾したわ。勝っても負けてもわらわが処断するのにね。……以上よ。よく分かったかしら?」
ラグネが一歩前に踏み出した。その声が怒りで震えている。それはガセールには意外だった。
「さっきから聞いていれば、よくもぺらぺらと残酷なことを話しますね。そこまでして、いったいなぜ人間界の人々を殺そうとさせるんです? こんな回りくどい手を使ってまで……!」
「分からないの? 冥界の人口を増やして発展させるためよ」
「は?」
ラグネは意味不明として固まる。いっぽうガセールは、ルバマの言葉を記憶から掘り起こしていた。
『青い肌の原住民たちは、ある日突然まっさらな場所から生まれ落ちてくるの。『発生』といってもいいわ。それはもう、無差別に、唐突にね』
つまり――
「人間界で人間が死ぬたび、冥界で冥界人が赤ん坊として発生するわけか?」
ユラガは我が意を得たりとうなずいた。
「そのとおりよ! ネケツちゃんやルバマちゃん、ガセールくんのような、『人間に深い恨みを持つもの』はそのままで。そうでない人間は赤ん坊として。この冥界に生まれてくるってことよ。さすがガセールくん、あったまいい! 鋭い! にくいね!」
ガセールは呆れる。
「数が合わないだろう。今まで人間界で生まれて死んでいった人間は、相当な数にのぼるはずだ。10億でも足らないだろう。だが冥界には――誰一人死ぬことはないのに――それほどの人口はない。せいぜい1000万だ。残りの数はどこへ行った?」
彼女ははしゃいでいた。
「冥界の液体生物――すなわち、スライムたちになるの」
この答えはガセールをたじろがすのに十分だった。ラグネやコロコも息を呑んでいる。
「人間界の人間が、スライムのもとだというのか?」
ユラガは微笑んだ。
「そうよ。運の問題よ。赤ん坊とスライム、どっちになるかはね。死の概念のない冥界では、スライムはせいぜい虫や魚でも食べて、闇のなかで細々と生きるだけ。でも人間界では、相手を殺して吸収できる。餌を捕食して空腹を満たす喜びを得られる。だから転移魔法陣に殺到したのよ。ラグネくん、きみが『マジック・ミサイル・ランチャー』で歪めて故障させた魔法陣にね!」
ラグネは拳を握り締めている。
「でも、それはルミエルくんが言ってました。僕がひしゃげさせようがさせまいが、結局スライムたちはあの魔法陣から出てきた、と」
「ま、そうなんだけどね。ごめーん、ちょっときみをいじめてみたかっただけよ。気にしないで」
ユラガの笑みがコロコに向けられた。
「それにしても、初めて実戦投入した青い『孤城』が、まさか破れるなんてね。コロコちゃん、だっけ? きみの光弾はどうやって身に着けたの? 悪いことしないから教えてよ、ねぇ?」
コロコは怒り心頭に発している。
「あなたが今までの出来事の元凶だったわけね。『漆黒の天使』だか何だか知らないけど、おとなしく冥界に帰ってよ。迷惑だから」
ガセールはラグネとコロコを手で押しのけて、最前面でユラガと対峙した。ふた回りも小さい邪悪な少女に、射殺すような眼光を浴びせる。
「黒い『マジック・ミサイル・ランチャー』を与えてくれたことには感謝している。しかし『汚辱のタルワール』を寄越して余の部下3名を殺害したのはやり過ぎだ。何なら余も殺されかけたしな。この責任は取ってもらおう」
ユラガは笑みを浮かべながら、じりじり後退した。
「操り人形が人形遣いに勝てると思うの? この出来損ないめ……!」
そうして、鞄から丸くて赤い球体を取り出した。それを頭の上に持ってきて、ぎゅっと押し付ける。球体が潰れて水銀状になり、ユラガの全身を一瞬にして覆った。
ガセールが驚愕した。それはまさしく……!
「『孤城』……!」
なりこそ小さいが、そこにはさっきのタルワールが着ていたような、隙間のない赤い鎧があった。目元に黒い線が走り、それが白く輝く。
「わらわの人間界への干渉は、短く楽しく行儀よく! さっさと済ませて神々のご不興を買わないようにしなくちゃね! さあ、死んじゃえガセールくん!」




