0215ユラガ02(2127字)
「タルワールが完全に死んだか確認しておきたいのだ」
青い鎧のそばに到着すると、ガセールは片膝をついて軽く持ち上げようとしてみた。しかし、まったく上がらない。両手を差し込んで満身の力を込めても、ぴくりとも動かなかった。ラグネとコロコに協力を要請し、3人がかりで挑戦してみたが、どうにも動きそうもない。
それに、まだおかしなところもある。
「どうやってこんなものを着込んだんだ? 何の隙間もないぞ」
関節の継ぎ目も、検めてみるとひとつもなかった。全部が一体である。ラグネが感心して溜め息をついた。
「もしコロコさんがいなかったら――光弾がなかったら、助太刀した僕とタリアさんも揃って殺されていましたね」
コロコが右拳を作る。ガセールに念押しした。
「もう一発、今度は全力で撃って、完全に破壊しておく?」
「いや、その必要はないだろう。お前が疲れるだけだ」
それにしても、なぜ『漆黒の天使』は、自分を殺そうとしたのか。それが分からなかった。『マジック・ミサイル・ランチャー』の力を与えたのは、彼女本人なのに……
「ガセール陛下、終わりました!」
ツーンの声が聞こえる。
「よし、今行く」
ガセールが立ち上がり、きびすを返そうとした――
そのときだった。
真上から、ほとばしる電光のような無数の槍が降ってきたのは。
「うおっ!」
ガセールはすかさず黒い矢で迎撃する。ラグネもコロコを抱き寄せて、光の矢で危険な凶器を次々排除した。武器の雨はすぐにおさまる。地面に突き刺さったそれは、わずかな時間でにじんで消え去った。
「へえ、さすがはわらわの与えた『マジック・ミサイル・ランチャー』。見事な力だねっ」
軽い調子の声は上空から落ちてくる。振り仰げば、黒い蝶の羽を広げた少女が、ちょうど降下してくるところだった。
ガセールは怒鳴った。
「今の攻撃は貴様か? 余を殺そうとした以上、殺される覚悟はできておるだろうな!」
「あらぁ、いいの? わらわにそんな口利いて。わらわはユラガ。『漆黒の天使』と聞けばピンとくるかもね」
「『漆黒の天使』――だと!?」
ガセールは心のなかで動揺を隠せない。なぜなら自分に『黒い矢』を与えた女が、『漆黒の天使』だったからだ。
「わらわ、言ったよね? かしこまって、『いと汚れし魂よ。悪魔の名において、そなたを真なる御使い「特別な悪魔騎士」に迎える。幸あらんことを』ってね。ザオターくん」
ラグネがコロコを離し、その背にかばうように立つ。
「ザオターはガセールさんの以前の名前でしたよね? なんで1000年前のことをご存知なんですか?」
「あったま悪ー! わらわが『漆黒の天使』だからじゃん」
ユラガは16歳ぐらいに見えた。だが、実際はルバマのように、何千年、あるいは何万年と生きているのだろう。絶世の美貌であり、肌は青く瞳は緑色だ。黒いドレスを身にまとっていた。肩から鞄を提げている。
リューテとツーンが息せき切って森から出てきた。
「ガセールさま、今のは何ですか!? ……っと、これはまた可愛い子が……!」
すぐにだらしなくなるリューテをよそに、ツーンは敵意を燃やす。
「今、冥王陛下を殺害しようとしたね、お前! 許さないわよ!」
ユラガは犬を追い払うように手を振ってみせた。
「あっち行ってろよ、バーカ。わらわのトークゾーンでしょ、今は。わきまえろっつーの」
再びガセールに正対する。
「わらわはザオター……じゃなくてガセールか。ガセールくんに『マジック・ミサイル・ランチャー』を与えたのよ。何でか分かる?」
「余が人間を心底憎んでいたからだろう」
「そうよ! 当ったりー! というか、そういう人間だけは冥界にそのまま堕ちてくるように、こっちで調整かけてたんだよね。ルバマちゃん以来の人間界崩れが来て、本当に嬉しかったよ。だからわらわが与えられる最高の力を、ガセールくんに授けたんだよね。あれから1000年かぁ。長いような短いような……」
ガセールは喉の渇きを覚えた。ユラガが獅子なら、自分は小鹿か。ただ食われるためだけの存在。
「でもとりあえず、ガセールくんは1000年で冥界を完全支配した。それはわらわの目論見どおりだったね。うん、おめでとう! 神々から冥界の管理を任された『漆黒の天使』のわらわとしては、仕事が省けて助かったよ」
「意味が分からん。黒い矢を余に与えるぐらいなら、自分でその力を使って冥界を統一すればよかったではないか。なぜ余にわざわざ?」
ユラガはこれ見よがしに人差し指を振って注意してきた。
「神々は人間の行ないなら知らんぷりするからよ。わらわのようないたいけな『漆黒の天使』には、たびたび仕事の不手際を指摘してくるくせにね。だから人間のガセールくんに頑張ってもらったの。やっぱり凄い力を持ったら、人間は国盗りに動くもんだね!」
けらけらけら。文字にするならそんな声で、彼女は笑う。
「そして冥界を支配したガセールくんが、人間界への侵出を期することも分かってたよ。姉さまの管理する人間界。これも、わらわが直接送り込んだら叱られるけど……。冥界人が独力で勝手に転移するなら、それもないの。まあ、ヒントもなしによくやったものよ。スライムも通してくれちゃって……ホントに偉い、偉い」
どうやら自分は、この少女に踊らされていたらしい。




