0213『孤城』05(2365字)
「おのれ、貴様ぁ!」
5人衆の残り3人が、同時にタルワールへ飛びかかった。トゥーホが指の槍で胸を、リューテが小刀連射で腹を、ツーンが鞭で足を、それぞれ攻撃した。
だが、タルワールにはそのどれもが通じない。夜空に哄笑を聴かせて、彼は衝撃波を放った。
トゥーホの頭が、首から下と切り離される。即死だった。
「トゥーホーっ!」
リューテの悲しみの絶叫が夜闇に響き渡る。そのなかで、トゥーホだった肉塊は分裂して落ちていった。
「ギャヒヒヒヒッ! またまた一匹ぃ! ……そら、どうしたガセールちゃんよぉ! デカブツなら腹を貫通されただけだし、まだ生きているかもしれないぜぇ? 追いかけたらどうかなぁ?」
ガセールは無論そのつもりだった。羽を生やして岩棚の上からケロットの元へと降下する。
「おっとぉ!」
『孤城』が素早く宙を舞い降りて、ガセールの翼をつかんだ。そのまま地面へ投げつける。
うなだれて座り、青い血の水溜まりを広げるケロット。その隣に彼のあるじは叩きつけられた。
「ぐあっ……!」
体がバウンドするほどの激しい激突に、ガセールの息が一瞬詰まる。あばらをやられたかもしれない。脇腹を押さえて痛みに歯軋りした。
その頭を、青い鎧が踏みつける。かかとでにじりながら、両手を腰に当て、高らかに大笑した。
「ほらほらぁー! 早く手当てしないと、ケロットくんが死んじゃうよぉー? ……ギャヒヒヒヒィ!」
屈辱だった。だが今は復讐よりケロットの命が大切だ。ガセールは巨漢に手を伸ばすが、その腕をタルワールがつかむ。そして、まるで小枝を操るように簡単に折った。
「うが……っ!」
「ガセールさまっ!」
激怒して飛びかかってこようとしたリューテとツーンに、『孤城』は大喝する。
「近づくんじゃねえ! もし近づけばガセールの頭を潰すぞ!」
リューテとツーンが空中でストップする。その顔は苦渋に満ちていた。
「よぉーし。それでいいんだ、三下ども……。ギャヒャヒャ!」
青い鎧の右腕が一閃した。ケロットの首が刎ねられる。青い血しぶきが、ガセールの望みとともに舞い散った。
「ケロットーっ!」
リューテ、ツーンが悲鳴を上げる。ガセールは無念の思いに土をかきむしった。
「貴様……貴様……!」
「悔しいか、ガセールさんよぉ」
不意にタルワールの口調が鋭くなる。
「だがこんなもんじゃすまされねえぜ。俺の恨みはそれぐらい深えんだ。地の底を這い回った数百年、俺は何で自分がこんな目に遭わされるのか考え続けた。そしてその答えが出た。何だか分かるか?」
ガセールは全身の激痛に抗うように奥歯を噛み締めた。
「……言ってみろ」
「敗者だったからだ」
タルワールは足に少しだけ力を込める。
「考えてもみろよ。お前みたいな人間界崩れが、どうして冥界を統一できた? それはお前に力があったからだ。すべての魔法を凌駕する『マジック・ミサイル・ランチャー』。それがあったからこそ、お前はマシタル国を落とし、テレット王国を潰し、『征服王』の異名を得た。最終的には冥界を支配して『冥王』の称号を手に入れた。それもこれも、黒い矢の力があったからだ。お前が特別偉いわけでも何でもない」
ガセールは苦痛にじっと耐えて機会をうかがった。だが反撃の瞬間も方法も見つからない。
「ガセール、お前が『冥王』と称賛され、俺が『汚辱のタルワール』として謗られたのは、単に力があったかどうか。勝者か敗者か。その違いだけだ。お前のような力があれば、俺が歴史に恥辱の足跡を刻むこともなかった……」
この男は根本的に間違えている。ガセールは激痛にさいなまれながらそう思った。
力があるから勝者になるわけではない。力がないから敗者になるわけでもない。力のあるなしと勝敗とはまったく別だ。
もしガセールが行く先々で暴政を敷いたなら、冥界は自分のものとはなっていなかっただろう。もしラグネが『マジック・ミサイル・ランチャー』で暴れまわっていたなら、彼の周囲には誰も寄り付かなかっただろう。
タルワールはひとりだ。かつても今も。それがこの男には分かっていない。
……まあ、いい。人間の滅亡を臨んで降臨した自分は、結局タルワールと同じ土俵に立っていたわけだ。指摘してやる義理も義務もなければ、その資格も持ち合わせてはいないのだった。
「ギャヒャヒャ……!」
またタルワールが笑い出す。
「『あいつ』の話が事実なら、ガセール、お前は『漆黒の天使』にその『マジック・ミサイル・ランチャー』の力をもらったらしいな」
ガセールはかっと目を見開いた。思わず問いかける。
「何!? 会ったのか、『漆黒の天使』に!」
「おうよ。『あいつ』――『漆黒の天使』は、冥界でみじめな生活を送っていた俺の前に現れた。つい今朝のことだ。若く美しいあいつはこう言った。『この冥界でガセールを心の底から憎んでいるのは、きみが一番だろうね。青い『孤城』を貸してあげるから、人間界に乗り込んで。そしてガセールたちを殺してきて!』」
『漆黒の天使』が……自分を……殺す……? なぜだ?
「ギャヒャヒャ! それで俺は『漆黒の天使』の転移魔法陣で、この人間界にやってきたというわけさ。お前らをひとり残らず殺すためになぁ! お前らは『漆黒の天使』に見捨てられたんだよぉ! ざまあねえな、おい!」
「なぜ余らの居場所が分かった……?」
「この『孤城』はおめえら冥界のものを探知できるようになってるのさ。どこにも逃げ場はねえぞ? ギャヒヒヒッ!」
タルワールが上機嫌でガセールに命じた。
「命乞いしろ。泣いて泣いて泣きわめいて、俺に許しを乞え。さもなければお前を踏み殺すぞ?」
ガセールは応じない。沈黙のひとときは怒号で破られた。
「そうかよ、命より誇りが大事ってか? 冥王ガセールさまらしいなぁ! じゃあ……」
青い鎧の足が圧力を増す。ガセールの頭蓋骨が粉砕されようとしていた。
「死ねええええぇっ!!」




