0212『孤城』04(2195字)
しかし。
「馬鹿な……!」
黒き矢は、青い鎧の体表を滑って後ろへと流れていく。どこかに引っかかったり、傷をつけたりすることもない。不発に終わった『マジック・ミサイル』は、タルワールの背後で無意味に山の斜面を削るだけだった。
「ギャヒーヒヒヒ……! ちょっぴり焦ったが、どうやら本当に『あいつ』の言うとおりだったな! この鎧は無敵だ! ギャヒヒッ!」
喜ぶタルワールへ、巨漢のケロットが巨大ハンマーで躍りかかる。ガセールは黒い矢を止めた。
「ぬんっ!」
金槌の重厚な一撃が、青い甲冑の頭部にぶち当たる。甲高い接触音が響き渡った。タルワールは吹っ飛び、地面に激しく叩きつけられる。
「やったか……!?」
ケロットは土煙を上げる平野に視線を固定した。トゥーホがサングラスを押し上げる。
「ガセールさま、あの鎧の男――『汚辱のタルワール』とは何者ですか?」
ガセールはツーンに、岩棚の上で右足を縛らせていた。止血目的だ。
「タルワールは冥界統一戦争の際、余に謀反を企てたのだ」
額の脂汗は、足の激痛と苦い回想が多分に影響していた。
「タルワールはまず余に擦り寄ってきた。篭城における王の所在地や兵力の配置、攻めやすい方角などの自国の情報を漏らして、その報酬として身の安全を図ろうとした。余は自己保身のために国や王、仲間を売ったタルワールを軽蔑した。だが確かに情報は正確で有益だったので、そのときは副司令官の補佐に取り立ててやった」
ガセールはツーンの肩を借りて立ち上がり、寄ってきたリューテの脇腹に手をかざした。リューテの怪我が治る。
「ありがとうございます。それで、その糞野郎はその後どうなったんですか?」
「余はタルワールの情報をもとに、奴のもと祖国を攻め落とした。その国はあえてタルワールに治めさせ、余や部下たちは次のいくさがあるため、そこから離れた」
ツーンがくすりと笑った。
「まあ、それはひどいことを。タルワールの奴、針のむしろに座らされたのですね。いつ彼への反乱が起きてもおかしくない状態で……」
「そうだ。奴が無事に国を運営していくならそれもよし。奴が反乱を起こされたなら、余は舞い戻って不逞のやからを潰した上で、タルワールの失政を断罪する。どちらでもよかったのだ。だが……」
ガセールは苦々しく溜め息をつく。
「タルワールは極悪非道な悪政を敷き、恐怖政治で民を支配したのだ。反逆など決して許さない。もし自分の悪口ひとつでもつぶやいたら、死んだほうがましな目に遭わせてやる。そんな圧政だったそうだ」
子供のリューテはいまいちピンときていないらしかった。
「支配とはそういうものでしょう」
「色々ある。ともかくタルワールの人格は余の君主論からは外れていた。だから余は何度も密書を送り、是正を求めた。だが奴はそれが気に食わず、とうとう余に謀反の狼煙を上げたのだ。余は軍を反転させ、奴の国を攻めた。タルワールは12万の大軍に包囲され、降伏を受け入れた……」
そこでケロットが注意を喚起する。
「ガセールさま! 奴め、ぴんぴんしてやがる!」
土煙が風に吹き散らされると、そこには青い鎧が鮮やかな光沢で仁王立ちしていた。
「……そうさ。俺が降伏したら、ガセール、てめえは俺を『死んだほうがましな目』に遭わせやがった。毎日毎日回復しては拷問、回復しては拷問の日々だった。そしてその上で、俺を永久追放しやがったよなぁ。それからの俺のみじめな日々といったら! あれこそ死にたくなったぜ」
兜のなかで憎悪が燃え盛っている。
「毎日毎日、老若男女構わず俺を指差して笑いものにして――ときには石まで投げつけられて――ろくに眠れた日もなかったぜ。しまいには『汚辱のタルワール』なんて異名もつけられるありさまさ。だがよぉ……」
不意に発狂したかのように甲高く笑い出した。
「ギャヒヒーヒーッ! 今のてめえのざまはどうだ! てめえが冥界を統一した根源の力たる『マジック・ミサイル・ランチャー』も、この青い鎧『孤城』の前では単なるそよ風だ! ざまあねえなあ! ガセールさんよぉっ!」
青い『孤城』の周りを、黒い液体生物たちがよけて南下していく。これだけで相手の実力が計り知れないレベルだと分かった。
「ギャヒヒヒヒッ! さあ、いくぜぇガセール! こっちの世界では生き返らないからなぁ! 覚悟しろよぉっ!」
ガセールは『孤城』へ再びマジック・ミサイルを撃ち込む。だがその怒涛のような矢の嵐も、すべてタルワールに受け流された。巻き添えを食ったスライムたちが吹っ飛ぶ。
「どうしたぁ! もっと撃てよぉ!」
青い鎧は浮上し、黒い矢の暴風を両手を広げて浴び続けた。しかし一発も有効打はない。『孤城』はその名のごとく堅牢だったのだ。
「ガセールさま、わしにお任せくださいっ!」
さっきタルワールを吹っ飛ばした巨漢のケロットが、もう一度とばかり、ハンマーを掲げて襲いかかる。敵の頭部目掛け、力いっぱい思い切り振り下ろした。
だが、その瞬間だ。
何と青い鎧が、ケロットのハンマーを片手で殴って粉砕させたのだ。破片が四散し、ケロットは得物の崩壊というかつてない出来事に放心する。
「おらよ、デカブツ!」
その隙を見逃さず、『孤城』はケロットの腹を右の手刀で思い切り貫いた。強烈な一撃に、ケロットはそのまま背中から岩壁に叩きつけられ、ずるずると落下していった。青い血糊が岸壁に線を引く。
「ケロット!」
ツーンが悲鳴を上げた。トゥーホがぶち切れる。




