0211『孤城』03(2239字)
大男でハンマー使いのケロットが豪快に笑った。
「振られるのはしょうがないとして、それをうじうじ蒸し返すのは男として情けないのう」
「何だと筋肉馬鹿」
派手女で鞭使いのツーンが爪をいじくりながらぼやく。
「脳筋な男ふたりの会話って、ホントに無意味無価値だわ。ねえ、トゥーホ」
トゥーホは無反応だ。ツーンがまなじりを吊り上げた。
「ちょっとトゥーホ、聞いてるの?」
学者風でサングラスをかけているトゥーホがわびる。
「……ああ、すみません。本に夢中になっていたものですから」
東洋風の剣士で刀使いのジャイアが、自分のあごを撫でた。
「この風圧と気流のなかで読めるのか?」
「器具でページを固定すれば何とか。で、何でしたっけ、ツーン」
「もういいわよ」
左右に森が広がり、眼下には広い草原が広がっている。軍隊でも持っていれば、ここを決戦場にしたがるかもしれない。その際は、伏兵を森のなかに隠すなどして奇手を打とうとでも考えるだろうか……
「そろそろ休むか」
月が美しかった。ガセールは人間界の万物――人間を除く――を愛してやまない。眼下を流れるスライムたちを避けて、大きな岩棚の上に着地した。部下たち5名も続く。
ツーンが酒と食べ物を手提げ袋から取り出した。だがガセールに片方だけ押しとどめられる。
「食い物はいらん。酒だけ欲しい」
「承知しました」
人間界に来てからというもの、格別に腹は減るし、喉も渇くし、眠たくもなるガセールだった。ほかの5名がそうならないのは、やはり冥界に転移した人間と、冥界に生まれついた冥界人とが違う生き物だからだろう。
酒は酸味がきいていた。棚の角で座り、月明かりのなか、地面を進むスライムたちを眺める。相変わらず濁流のようだ――
そのときだった。
ガセールの右足――すねの辺りが分断されたのだ。
「ぐっ!?」
それだけではない。岩が崩れ、ガセールは滑り落とされた。ガセールは激痛をこらえながら、何とか黄金の翼を広げて舞い上がる。崩落した岩が森のなかに落下し、不運な動植物を巻き添えにした。
「ギャヒーヒッヒ! どうだいガセール、痛いだろう辛いだろう苦しいだろう! ギャヒヒヒヒ!」
「そ、その笑い声、聞き覚えがあるぞ」
ガセールは痛みに苦悶しながら、月下に浮かぶ人物を見た。部下の5名が羽を生やしてガセールをかばう。
「な、何だあいつは……!」
ケロットが目を丸くした。
青い鎧。というには、あまりにも隙がない。頭や胸だけならいざ知らす、その甲冑は全身を隙なく覆っていた。関節部さえもぎっちりと埋まっている。あんな鎧で動けるものなのだろうか。そう疑念を抱いてしまうほど、それは完璧だった。
頭部は目の辺りに黒く細い線のようなものが引かれている以外、何もない。通気口さえない。どうやって呼吸しているのか分からなかった。
そして、これは本当に理解できないことに、青い甲冑は翼を生やしたりすることもなく、当然のように宙に浮いていた。月光にすらりとした光沢のラインが輝いている。
「ギャヒーヒヒヒッ! 覚えておいでかい、冥王さんよぉっ! ならこの俺の名前を言ってみろよなぁっ!」
ガセールは苦痛を押し殺して怒声を放った。
「『汚辱のタルワール』! そうだな?」
「大・正・解! 景品をくれてやるぜ大将! おらよっ!」
青い鎧のタルワールが、右手で手刀を作って振り抜いた。すると真っ青な衝撃波らしきものが、うなりを上げて飛んでくる。ガセールを狙ったものだった。
「これで余の右足を……!」
ガセールは今度はかわした。振り向けば、背後の岩棚に深々と亀裂が入る。凄い切れ味だった。
リューテがタルワールに激怒する。
「何だか知らねえが、よくも俺たちの冥王陛下を傷つけやがったな! これでも食らいやがれっ!」
手のなかから短剣を連射し、青い鎧に叩きつけた。だが、すべて金属音とともに弾き返される。傷跡ひとつつけられなかった。
「くっ……! こ、こいつ……っ!」
タルワールがおごりたかぶって冷笑した。
「ギャヒヒヒ、どうした小僧、そんなものか! 本当の攻撃ってのはな、こういうのを言うんだ!」
タルワールが猛牛のごとく突進してきた。そうしながらまた衝撃波を放とうとする。リューテは近距離ゆえかわせない。
「うわっ!」
リューテを押しのけるものがいた。侍のジャイアだ。青い鎧の一撃は、ジャイアの頭蓋から肩にかけてを真っ二つに両断した。
「ジャイア!」
ガセールでも治せない致命傷だ。ジャイアは、冥界の東洋剣士は完全に死んでしまった。その亡き骸が分離して木々のなかへと吸い込まれていく。リューテが声を震わせた。
「馬鹿野郎っ! 俺を助けるなんて、カッコつけやがって……!」
『汚辱のタルワール』は鼻で笑い、リューテへ蹴りを見舞った。リューテは左腕を曲げて脇腹を守ったが、青い鎧の攻撃はその防御をたやすく破壊する。若者の腕は折れ砕かれて、胴へとめり込んだ。
「がはっ!」
「ギャヒヒッ! 侍とはあの世で再会しろ、小僧!」
タルワールは高笑いして、ふらふらのリューテに至近から衝撃波を見舞おうとする。
だが、文字通りにその足を引っ張ったものがいた。ツーンだ。彼女は鞭を青い甲冑の左足首に巻きつけて、思い切り手前へ引いたのだ。タルワールはバランスを崩した。
「うおっ!?」
「今ですわ、ガセールさま!」
ガセールが岩の上に座り込み、そこから漆黒の矢を放射する。『マジック・ミサイル』だ。冥界と人間界を問わず、今までどんな敵も――『神の聖騎士』ラグネ以外は――倒してきた必殺の魔法。これでタルワールの命を絶とうというのだ。




