0210『孤城』02(2219字)
「おほほほ。あいつら、肌の色がガセールさまにそっくりだわ。あたしたち5人衆の青色とは決定的に違う。間違いなく、ここは人間界だわ」
ゆっくり、非常にゆっくりだが、ガセールたちの鎧は降下していった。右腕のジャイアが苦笑する。
「翼を持った少年たちが、急に湧いて出てきたでござる。これは拙者らへの対抗意識の表れかな」
金色の髪で顔を三方向から包み、赤く大きい瞳を持った、うら若い少年。剣で武装し、翼を広げて宙に浮いている。その数はどんどん増えて、100……200……と数え切れなくなった。みんな同じ顔というのが不気味だ。
ガセールはケロットから、少年らの視線が自分たちに集中していると知らされ、大いに笑った。
「人間界を支配するものが、我々を潰しに仕掛けてきたか。だが、まだ攻撃しては来ないのだろう?」
「はい。どうやらガセールさまの頭部を破壊したいみたいです」
ガセールはまた哄笑する。
「この鎧がどこまでやれるか試してみるとしよう。いざとなればルバマのいうとおりに爆破すればいいだけだからな」
そうして鎧はロプシア王都に着地した……
ラグネ、コロコ、タリアは3人そろって魔法陣を見上げた。収縮していく。冥王がその頭頂部まで完全に出現し、ゆるやかに王都の上に降り立った。魔法陣が消え去る。建物が押し潰され、粉塵が舞い上がった。
「かかれっ!」
ルミエルたちがいっせいに掛け声を放ち、ガセールの頭部目がけて飛翔していく。
「ラグネ、ちょっとしっかりして!」
タリアの怒声に、ラグネははっと我に返った。それは永劫のようで刹那の夢。ガセールことザオターと、彼を愛したルバマの物語……
記憶の濁流がようやく収まり、ラグネは自分がタリアの手首をつかんでいない――かわりにタリアに手首をつかまれていることに気がついた。
「ご、ごめんなさい!」
ラグネは慌てて握り返す。周囲の暗黒は、自分がタリアの能力『影渡り』で影のなかに潜っていることを示していた。
「何、何々? どうしたの、タリア、ラグネ」
タリアの反対側の手首をつかむコロコが、ふたりのやり取りに興味を持ったらしい。
「いや、何だか分かりませんが、ザオターさんとルバマさんの人生を見てしまった、というか……」
「何それ?」
「コロコさんもタリアさんも見てなかったんですか?」
コロコとタリアがハモった。
「見てないよ」
自分だけ、か……。それはやっぱり、自分が『神の聖騎士』だからか。それゆえ、あんな幻視をしたのか。
ふとラグネは、自分が泣いていることに気がついた。左手で目元をぬぐう。理由は分かっていた。
人間を滅亡させたいぐらいにまでとことん嫌うようになったガセールことザオター。彼に寄り添い、報われない愛を承知で人生を捧げたルバマ。彼らの悲しみに胸を打たれたからだ。
「どうしたのラグネ。泣いてるの?」
「ちょっと聞いてください」
ラグネはさっき自分が見たものを、コロコとタリアに打ち明けた。もちろん手短に要所だけの抽出だが、それでも結構時間がかかる。
語り終えると、コロコはうなった。
「それはきっと、『特別な悪魔騎士』のガセールの記憶が流れ込んできたんじゃないかな。ラグネがニンテンさんと通信できるように、ガセールとも無意識で繋がったんじゃない?」
「ルバマさんの記憶は……」
「忘れたの? タリアは『生きた人形』から人間化する際、ルバマの命と魔力を受け取ったでしょ。そのときに彼女の記憶がタリアに残されたんだと思う。それが『影渡り』でタリアと手を繋いでいる今、一緒に流れ込んできたんじゃないかな」
タリアは少し意地悪な見方をする。
「ガセールがラグネに、あえて自分の記憶を見せつけたんじゃないの? 今度『マジック・ミサイル』の撃ち合いになったとき、馬鹿正直なラグネの手を鈍らせるように」
「あー、ありえそう」
コロコが賛同した。しかしラグネはその説がしっくりこない。
「いや、ガセールさんがそんな小ずるいことをするとは思えません。あるいはあの人を『特別な悪魔騎士』にしたという、『漆黒の天使』とやらがしかけてきたのではないでしょうか」
コロコが難しそうにつぶやいた。
「そういえば『天使』と『漆黒の天使』って、一体何なんだろうね。なんで『天使』は『神の聖騎士』やルミエルたちを生み出して、人間を助けることばかりするのかな。なんで『漆黒の天使』は『特別な悪魔騎士』を生み出して、人間を殺そうとばかりするのかな。いまいち分からないよ」
確かに。謎といえば謎だった。周囲の暗闇が、このとき深い。
冥王ガセール、若者リューテ、巨漢ケロット、派手女ツーン、侍ジャイア、学者トゥーホの6名は順調に飛行していた。次なる獲物を、人間たちの詰まった大きな都市を、この手で完膚なきまで破壊し尽くす。それこそひとり残らず、確実に。その思いで一致していた。
問題があるとすれば、あの光の矢を駆使するラグネとやらが追いかけてこないかどうかだ。ガセールは彼との先だっての戦いに興奮を覚えていた。まさか自分が限界まで『マジック・ミサイル・ランチャー』を酷使せねばならないとは、想像もしていなかったからだ。
引き分けで終わりこそしたが、それはガセールの本懐ではない。どうせならもう一度一対一で、どちらかが死ぬまで戦いたい。そしてガセールは、その戦闘に勝利する自信があった。
若者で短剣使いのリューテが大声でつぶやく。
「あーあ、コロコちゃん追いかけてきてくれねえかなー。無理かー。あのたまねぎ頭のどこがいいんだろう?」
 




