0021ふたつのギルド03(2442字)
ボンボが話の成り行きに興味を沸き立たせた。
「ふんふん、それでそれで?」
「その女は、同じギルド会館で働いている下級職員のウーレだ。彼女はタマキを愛し、タマキもまた彼女を愛した。だからタマキはアコさんの猛烈なアタックを疎ましく感じていたんだ。かといってウーレを恋人だと紹介したら、怒ったアコさんにより、ギルドマスターの地位をクビにされるかもしれない。板挟みのタマキはどうするべきか迷った。……おっ、着いたぞ」
森を抜け出た丘に、『森星』が咲き誇っていた。名前どおり星のような尖った花びらを持つ白い花。依頼書どおりの外見だ。コロコが両手を胸の前で組み合わせる。自然の美しさに感動しているようだった。
「わあ……! 素敵ね」
カレスが得意げに鼻を鳴らす。
「ここなら日当たりのよさから真っ先に『森星』が生えるんだ。4年前からかな。『森星』摘みの仕事があるときは、俺が素早く引き受けて、毎年ここへ取りに来てるんだ。30本だったな、さっさと摘もうぜ。見張り頼む」
そうだった、ここは魔物がよく出没するんだっけ。ラグネは光球を背後に発生させた。その輝きにカレスが驚く。
「なんだありゃ? まあ、明るくなるのは摘みやすくなるからいいんだけど」
コロコはラグネの反対側で警戒の目を光らせた。花摘み役のカレスとボンボが土をかき分け、『森星』をすくい上げる。それを持ってきていたカゴのなかへそっと収納していった。
「話の続きを頼む、カレス」
「ああ、途中だったな。タマキはどうするか迷ったあげく、ウーレに打ち明けたそうだ。『アコさんをあきらめさせる。それでたとえギルドマスターをクビになっても、俺はきみとの愛を守るよ』と。そして初春のある日、タマキはアコさんに一切合切を話した。面子の潰れたアコさんはぶち切れて、タマキをののしり、絶縁を言い渡した。タマキも二度とアコさんと話すものかと、こっちも絶交を申し出た。そして、その喧嘩の直後だった」
カレスは肩をすくめる。
「ウーレが職を辞して、故郷に戻っていったと、タマキは冒険者たちから知らされた……」
コロコが周囲を見張りながら、カレスに質問をぶつける。
「それって、アコさんがウーレさんを辞めさせたってこと?」
「ああ、多分な。あんなにタマキを愛していたウーレが、いきなり職員を辞めて去るなんて考えられない。アコさんの力が働いたってのが、今じゃ通説になってる。アコさんには誰も聞けてないけどな、恐ろしくて」
それからナイトの街の冒険者ギルドは真っ二つに分かれた、と彼は続けた。
「結局アコさんもタマキも意地になり、いろいろ和解するよう仲裁もあったものの、現在の状況にいたる、というわけだ。面倒なのは、どっちも有能なこと、対立していても仕事上のやむをえないやり取りは最低限すること、どちらも自分から先にやめる気はさらさらないこと、そして所属する冒険者たちがこの状況を面白がっていること、などだな」
そこでカレスが恐怖の叫びを上げた。こちらへ走ってくる生物がいる。毛むくじゃらで、巨体で、鋭い爪のあるその動物は……
「熊だ!」
慌てて逃げ出そうとするカレスを守るように、ラグネは熊とカレスの直線上に立った。そして……
「マジック・ミサイル!」
一発の光の矢が飛び出し、正確に熊の頭部を撃ち抜く。熊は絶命して花のなかに沈んだ。いつもは豪雨のように発射されるこの魔法を、たったひとつの矢だけ撃つように修正できた。ラグネは自分の成長に満足する。
「お、お助け……って、あれ? もうやっつけたのか!? いったいどうやって……?」
カレスは驚愕していた。それをごまかすようにコロコが話しかける。
「私が投げた石がうまく命中したみたい。さ、さあさあ、『森星』を摘んでよ。これで何がきても安心だって分かったでしょ?」
「あ、ああ……」
不得要領ながらも、カレスはボンボと花摘みの作業に戻った。
曇り空は上空の風に飛ばされたか、帰りは晴天がのぞいていた。気のせいか森のなかも明るくなったように感じられる。リスが木の上からコロコたちを見下ろしていた。それへ舌を出した後、コロコはカレスに尋ねる。
「そういえばこの『森星』、花言葉は何ていうの?」
「えーと……確か、『純真』だった気がする」
「『純真』かぁ。いいね! ふさわしいって思えちゃうもの」
コロコが嬉しそうにコメントした。そのとき、ボンボが低い声で警戒をうながす。
「しっ。誰か来るぞ」
コロコたち4人は足を止め、耳を澄ました。複数の靴音が遠くから聞こえ、それらは次第に大きくなってくる。緊張感が走った。
やがて――
「おっ、誰かと思えばアコ側の――そうだ、カレスとかいう奴だな。俺はタマキさん側の冒険者、ヘビメッタだ」
垂れ眉に垂れ目。顔のしわの多さが、くぐり抜けてきた星霜を物語る。こちらと同じ4人組で、大きなカゴを背負っていた。中身は入っていないのか、意外に軽そうだ。
「ああ、ヘビメッタさんか。これからどこへ?」
「去年見つけた『穴場』ってところへ、ちょっとな。お前らは?」
「俺たちはもう用事を済ませたところです。ご武運を。それじゃ」
「おう」
特にいがみ合いになることもなく、両者はすれ違っていった。しばらく歩いてから、コロコが怪訝そうに振り返る。
「ひょっとしてヘビメッタさんも、あの『森星』の生えているところへ向かう気じゃないの?」
去年見つけた穴場。確かに進行方向からいって、その蓋然性は高い。背負っていたカゴもその説を補強する。
カレスがつまらなさそうにつぶやいた。
「ちぇっ、せっかく大事にしてきたところだったんだけどな。他人に知られちまったか。それにしても――」
ラグネも考えた。
「そう、それにしてもおかしいです。たぶんタマキさん側の掲示板にも、『森星』を摘みに行ってくるような依頼が、ほとんど時間差をおかず張り出されたんでしょう。誰がこんな依頼を、しかも左右のギルドそれぞれにしたんでしょうか?」
しかもこちらは依頼主が匿名希望、すなわち不明なうえ、高額の報酬だった。あちらもそうだったんじゃ……?




