0208ルバマ17(2602字)
ルバマは病身に鞭打って駆けつける。人間界に転移すると、かつてなく緊張した面持ちのケゲンシーに出迎えられた。現地は朝だ。
「今、4人目となる『生きた人形』を、ニンテンが作っています」
「本当に? ラグネとかいう少年はどうなったの?」
ケゲンシーは片目をつぶってみせる。
「すでに私の洗脳下にあります。魔王アンソーを一緒に退治してみせたことで、私に全幅の信頼を置いています」
では、デモント、ケゲンシー、ラグネ、そして新しく生まれる『生きた人形』。4人の悪魔騎士がとうとう揃うというわけだ。
「これでガセールさまの悲願がかなう。転移魔法陣が完成して、ガセールさまが人間界に降臨できる……!」
ただ問題が、とケゲンシーは言った。
「4体目を人間化できるような魔法使いが、ケベロスの街にはおりません。唯一、ラグネの仲間であるボンボとかいう魔物使いが、それに匹敵しそうなのですが……」
「その心配ならいらないわ」
ルバマには確信があった。もう自分は長くない。だが十分な魔力があるから、きっと大丈夫だろう。4体目の生け贄として選ばれることも……!
「ケゲンシー、よく聞きなさい。あたしはこの滝のそばで待ってる。4体目を奪ったら、この場所まで飛んできて。あたしが命と魔力を与えて、そいつを人間化させるから」
「なっ……!」
ルバマが死ぬ気だと知って、ケゲンシーはいかにも悲しげに両手を組む。
「そんな、ルバマさま……。私、ルバマさまがいなくなったらどうすればいいか……」
「大丈夫よ。冥王ガセールさまのご指示に従えば、きっと何もかもうまくいくわ」
ルバマはケゲンシーの頭を撫でた。こうやって会うのも、あと1回で終わりになるだろう。
「あたしはガセールさまを呼んでくる。じゃ、頼んだわよケゲンシー」
「何!? 人間界への転移魔法陣が……!」
さしものガセールもさすがに驚いていた。ルバマは謁見室の悪魔騎士たちを見渡す。リューテ、ケロット、ツーン、トゥーホ、ジャイア。一様に目を丸くしていた。彼らも冥王に同行してもらおう。
「まずは発現場所まで案内いたします。ガセール陛下と5人衆の方々はこちらへ」
6人は翼を広げ、空へ舞い上がった。ルバマはガセールに抱えられて行き先を示す。これが最後の抱擁かと思うと、感慨もひとしおだった。
「どうしたルバマ、泣いているのか?」
「いいえ。目にゴミが入っただけです」
ほどなく、単身用転移魔法陣が置かれた場所へ到着した。人間界で『出口』の巨大魔法陣を描けば、ここに『入り口』が現れる。そのはずだった。
「6名さま方、この鎧をお付けください」
ルバマは土で覆って隠しておいた、とびっきりの肉体を取り出した。巨大なそれは、各所から小さい腕を何本も生やし、灰色で活力に満ちている。龍のウロコのようなものもあった。
「『結実』の魔法の成果のひとつです。これは鎧です。頭、胴、左腕、右腕、左足、右足。みなさん6名がまとえば、一個の巨人として動かせます。ただし、必ず冥王さまが頭に入ってください」
ガセールは鎧の内部が臓腑のようで、一瞬躊躇する。
「呼吸はできるのか? まともに動かせるのか? 答えよ、ルバマ」
「その辺りは抜かりございませぬ。各所には空気を通す穴があります。そして頭部のガセールさまが、鎧の目や耳などの五感を共有して、全体を自由自在に動かすことができます」
「なぜこれを着なければならないのだ?」
「冥界からガセールさまを含めた強力な6人がいっせいに現れるということで、人間界を守護するものたちが反発するかもしれません。それに――」
「それに?」
「人間界には『死』が存在します。冥界のように、殺されても死なずにまた復活するようなことはありません。6名さまが不意を突かれ、大怪我を負っても、それは僧侶や賢者の魔法でない限り復活しないのです。いや、冥王さま以外の方々は、魔法でも回復しないかもしれません」
ケロットやツーンが顔を見合わせ、こそこそ話をする。ルバマは続けた。
「ただ、冥王さまは『漆黒の天使』に祝福された『特別な悪魔騎士』であり、あるいは何らかの治癒能力があるかもしれませんが……それはともかく」
愛する人を心配する瞳で、ルバマはガセールを見やる。
「この鎧で敵の不意打ちを避けてください。鎧が駄目になりかけたら、爆発させれば周囲の広範囲に打撃を加えられます」
「なるほど。では着てみよう」
冥王を含めた6名は、おのおの鎧のなかに入った。入り口が閉まる。ガセールはこの怪物とシンクロして、巨躯をゆっくり立ち上がらせた。特に問題はない。目も見えたし空気も吸えた。
身長は大人6人分ほどだろうか。ガセールがルバマを見下ろす。
「これはなかなか着心地がよいな。……後はルバマ、貴殿が人間界に『出口』をこしらえれば、自動的にこちらの世界に『入り口』ができる。そこを通過せよ、ということだな」
「はい」
ルバマは肉鎧の頭部に当たるガセールと、しばし見つめ合った。これが今生の別れだ。ルバマはもちろん、ガセールも薄々ながらそのことに気づいていた。
「最後に聞かせてください、ガセールさま。……今でも人間がお嫌いですか?」
答えは明快だ。
「ああ。余はラネッカと子供を殺した人間たちが、滅ぼしてやりたいほど憎い。その願望は、1000年前より少しも変わらぬ」
ただ、と彼は付け加えた。
「人類を滅亡させたとしても、ルバマ、お前だけは生かしておくだろう。大儀であった」
ルバマにはその言葉だけで十分だった。3番目でもいい、好きな人の心のなかに住めて、自分の苦しみぬいた幾星霜も浮かばれるというものだ。気づけば涙を流していた。
「では……」
これ以上ここにいたら決心が鈍ってしまう。ルバマは単身用転移魔法陣を展開し、そのなかに飛び込んだ。
あたしは幸せだった――あなたと出会えて。そう思いながら……
「誰だお前は?」
デモントが問いかけた相手は、すでに『生きた人形』のそばにいた、痩せた女だった。ケゲンシーの姿は見えない。女は白い長髪に褐色の肌で、テンの皮をあしらった豪華な衣装を着込んでいた。
その病的にこけた頬が、ラグネたちを見てゆるむ。
「これで悪魔騎士4人が揃う……」
意味不明なことをつぶやくと、彼女は『タリア』にそっと触れた。その瞬間、白光が閃いて、辺りを銀に染め上げる。
「うわっ!」
ラグネたちはあまりの光に思わず両目をかばう。女の断末魔の叫びが上がった。
「ぎゃああああっ!」
ルバマは最期を迎えた――




