0205ルバマ14(2157字)
「何で知ってるの? ……うん、パパと一緒に空き地へ向かったら、そこにはもうデモントの姿はなかった。代わりに綺麗な人間の白骨が置かれてた」
かつて冥界の人形遣いバーサは、こんなことを述べていた。
『これはもう、「生きた人形」が魔法使いたちの命と魔力を吸い取り、おのれの血肉へと変換させたのでしょう。それ以外に考えられません』
デモントは、誰か魔法使いの命と魔力を奪って人間化したのだ。そして、おそらく記憶のないまま、あてどもなくさ迷ってケベロスの街から飛び出していった――
やはりデモントを奪っておくべきだった。せっかくこの人間界で生まれた悪魔騎士を、みすみす逃してしまうなんて……。不覚にもほどがある。
ただ、人間界で『生きた人形』を作ること、それを孤独に置いて『人間化』させること、以上は可能だとこれで証明された。あとはニンテンにどうにかして次なる『生きた人形』を作ってもらうかだが……これは難しそうだ。
ああ、胸が苦しい。気を失いそうだ。病がルバマの体をむしばんでいた。
「お譲ちゃん、また来るからね」
それでも笑顔でターシャに告げて、召し使いオンズに一礼すると、ルバマはその場を後にした。
また10年ほど、ルバマは病床で苦しむ。長いように思えるが、永遠を生きる冥界人にとってはたいした年数でもなかった。
ルバマは体調が多少回復すると、年に1、2回、無理を押して人間界へおもむく。ニンテンが新しい『生きた人形』を作ってはいやしないかと調査するためだ。もし作っていれば今度こそ強奪するところだったが、その機会はなかなか訪れなかった。
冥界はガセールの統治のもと、すっかり平穏だ。最近は悪魔騎士5人衆を従えて、世界各地を回り、王の威光を知らしめるのに腐心しているという。
いずれこのマシタル王国にもいらっしゃるかもしれない。ルバマはそう考えた。
「ガセールさまに見せられないわ。こんな病み衰えた姿……」
自宅のベッドで咳き込みながら、ルバマは弱気だ。吸血鬼に叱咤された。
「そんなことでどうします。ガセール陛下の人間界への恨みは骨髄に徹していると聞きます。今までの研究成果――人間界への転移魔法陣の制作――を披露すれば、きっと喜んでもらえるでしょう」
「そうかしら。完成してもいないものを、あのお方が喜ぶと思って?」
ルバマは気分が冴えなかった。
さらに10年後、聖暦890年。ルバマはもうひとつの転移魔法陣作成――16人の人間の命と引き換えに発生させる――をやってくれるものを探し続けた。ニンテンの調査と平行してである。そして、それはとうとう見つかった。
人間界のロプシア帝国。そこのイザスケン方伯ザクカは、魔法使いたちの集団『蜃気楼』を従えているという。『蜃気楼』の総帥はムラマーと名乗るもので、その年齢は50歳。人間界では老齢である。
そして街の噂では、ムラマーは上司ザクカの自分たちに対する扱いに不満を抱いているらしい。さらに、それに同調するメンバーも多いとか……
これだ。これしかない。ルバマはムラマーをターゲットに定めた。そして魔法の登録制度につけ込み、とうとう彼と接触を果たす。
そしてムラマーに対し、
『世界中のあらゆるものたちは、死した後は冥界へ生まれ変わります』
『もしあたしにご協力していただけるなら、ガセールさまがあなた方に、冥界における相応のポストを差し上げます』
……などと嘘をついた。死した後冥界へ生まれ変わるのは、自分やガセールのように、凄まじいまでの人間への恨みを抱いて死んだものだけである。また、もし16名のなかにそうした人物がいたとしても、ガセールはポストなど用意はしない。
こうしてムラマーは提示された案をすっかり気に入り、後はいつ果たすかどうかとなった。こちらに関してはルバマはどうともしない。できない、といってもよかった。同時に16人が自殺する方法など、さしものルバマでも考え付かなかったのだ。
ニンテンのほうでは動きがあった。ニンテンはすっかり老境で、このとき58歳である。その娘ターシャは31歳。3年前に旅の男と一夜の関係を築いて、結果クナンという息子を生んだ。街の住民の話では、クナンは現在2歳だという。
そのクナンという孫のために、ニンテンが『生きた人形』を開発したのだ。
ある晴れた日、ニンテンとクナンは自宅の庭でくつろいでいた。その様子を影から眺めていたルバマは、彼らが女の子を模した人形に話しかけているのを確認する。
「ケゲンシー、自分の名前を言ってごらん。……ははは、よく言えた」
「けげんしー、けげんしー」
「おいおいクナン、お前が言ってどうする」
人形の声こそ聞こえないものの、あれはまさしく『生きた人形』だ。ルバマは千載一遇のチャンスを逃すまいと心に決めた。
家の窓からターシャが顔を出す。すっかり大人になっていた。
「ねえお父さん。このスープ、味見してくださいな」
「おう、分かった。今行く」
ニンテンが玄関から家のなかに入る。彼らが目を離した隙に、ルバマはダッシュした。クナンのもとへ走り寄って、一気にケゲンシーを奪い去る。
「わあっ!」
クナンが転ぶのも構わず、ルバマはそのまま振り返ることなく逃亡した。背後からニンテンとターシャの大声が聞こえたが、無視して疾走する。
「はぁ、はぁ……」
「ご、ご主人さま! 大丈夫ですか!?」




