0203ルバマ12(2081字)
20年が過ぎた。ガセールはマシタル王国へ帰還せず、オゲー城を住処とする。それはルバマにとってはありがたかった。今の病み衰えた自分を見られたくなかったし、冥王を人間界へ運ぶ方法をいまだ完成させていなかったからだ。
ルバマは病身を押して、20年ぶりにフォーティのもとへ行ってみようとする。自分は20歳のままだが、フォーティは60歳近くになっているだろう。果たして分かるだろうか。
ヌリタクとヌリマツは最初こそ人間界への転移に反対した。体調を気遣ったからだ。だがルバマの決意を知ると仕方なしに彼女を運び出した。南の山に到着する。
「ふたりとも、そこで待ってて」
布を広げ、転移魔法陣を起動させる。そして、中央に顔を漬けると――
「えっ!?」
そこはフォーティの家のなかではなかった。石と岩と土砂の積み重なった、土のなかだったのだ。ルバマはすぐに顔を上げる。そして布を少し移動させてから、再び顔を漬けた。
「崩れてる……!」
フォーティの家があった場所は、土砂崩れに巻き込まれてすっかり埋まっていたのだ。それを離れた位置から確認して、ルバマは悔恨とともに魔法陣から面を上げた。
「こんなことなら、もっと早くに会うんだったわ……」
フォーティが死んだとは限らない。家がこうなる前に、『生きた人形』ルバティを持って、遠くの街や村へ引っ越した可能性もあった。
だがそれを追跡するのは、今の自分の体調では不可能だ。もっと休まなければならない。ルバマはすっかりしょげ返った。
それから十数年後、ルバマはかき集めた空元気で人間界へ渡った。古代の碑文を研究するうち、悪魔騎士を使うのではない、まったく違った方法で冥王を転移させる術を見い出したからだ。
それは人間界の人間16名が大きな円陣を組んで、『召喚』の魔法を同時に行使する。それによって多重円盤が空中に出来上がるので、あとはその16名が同時に命を捧げればよい。そういうものだった。
目から鱗とはこのことだ。ルバマは自分が悪魔騎士にこだわるあまり、古典の探究を怠っていたことを恥じた。もしかしたらこちらのほうが、悪魔騎士4人集結より確実かもしれない……
いや、待て待て。16人の人間をそろって自殺させるなんて、やはりこちらにも無理がある。
まあいい。ともかく使えそうな手段は何でも試してみるに限る。ルバマは人間界で、フォーティの行方の調査と、16人の死んでくれそうな魔法使いたちの探索とを開始した。
その活動は10年に及んだ。ひとくちに10年といっても、ルバマは少し人間界を調査しては、冥界へ療養のため帰還、長期に渡る苦痛と悪戦苦闘――というパターンを繰り返していた。実際には人間界にいたのはのべ100日程度である。
しかし、その頑張りは実を結ぶ。フォーティの息子だと名乗るものの所在が判明したのだ。
マリキン国のケベロスの街に、ニンテンという傀儡子が住んでいるという。年齢は30歳。結婚相手にペーキなる女性がいるそうだ。
そしてニンテンは、自分の母親が自称世界一の魔法使い・フォーティだと公言してはばからないという。
ルバマはピンときた。この傀儡子こそは、間違いなくあの『ルバティ』の人間化したものである、と。名前は変えたのだろう。
数十年ぶりにフォーティに会えるかもしれない。『ルバティ』ことニンテンの成長ぶりにも興味がある。人形作りを生業としているなら、母同様、『生きた人形』の制作に携わったかもしれない。楽しみだ。
ルバマはマリキン国ケベロスの街へおもむいた。軽い聞き込みで、すぐにニンテン家の場所を把握する。ルバマはきりきりと痛む胸を押さえ、脂汗を流しながら、それでも淡い期待を抱いて足を速めた。
「お姉ちゃん、すごい汗ー!」
石垣の上に見事な邸宅がある。ここがニンテン邸だ――と思っていたら、急に3歳ぐらいの女の子に呼び止められた。
「具合悪いの? 大丈夫?」
おっとりした可愛い子だ。自分を心配してくれている。それが何となしに嬉しくて、ルバマは彼女に微笑みかけた――
と同時に、目をみはった。女の子はその両腕で人形を抱えていたのだ。それは木彫りの作品で、5歳ぐらいの年齢の男の子を模したものだった。服を着させられて、大事に扱われている。
「あ、お姉ちゃんもこの『デモント』が好き? 『デモント』の声が聞こえる?」
ルバマはその人形――デモントをまじまじと眺める。まさか『生きた人形』か? となると、作ったのはもしや――
「お客さまですかな?」
若い男の声がした。見れば、30歳ぐらいの男性が玄関から現れ、こちらへとやってくる。そしてその相貌には、どことなく『生きた人形』ルバティの面影があった。
ルバマは声の震えを抑えるのに苦労する。
「あたしはルバマといいます。――ニンテンさんですか?」
彼は首肯した。
「いかにも。……ターシャ、家に入ってなさい。ママのペーキのもとへ行くんだ」
ニンテンが女の子――ターシャに命じる。彼女は「うん」とうなずくと、跳ねるように走っていった。
その姿が玄関の内側に隠れたところで、ニンテンは改めてルバマに正対する。直後に眉をしかめた。
「どこか具合が悪いのですか?」




