0202ルバマ11(2132字)
相手は布に描かれた模様を見て、それだけで「転移魔法陣」と見抜いた魔法使いだ。その実力は確かなものがある。なら、人形を作ることにもあるいは才能を示すかもしれない。やるだけやってみる価値はあった。
「分かった。あたしの授業は厳しいよ。それでもいいね?」
「うん、大丈夫。そうこなくっちゃ」
かくして、ルバマによるフォーティへの「『生きた人形』制作講座」はスタートした。
フォーティは天才的な技術を持っていた。魔法をかけた彫刻刀を手足のように操り、木材を美しく削っていく。
「関節部が難しいね。これでどう?」
「うーん、そうだね。合格」
こんな感じで指先、爪、両目、あごなど、難度の高い箇所もパスしていった。それでも1年やそこらでは完成できない。何らかの要因で赤い宝石が脈動せず、一からやり直しすることもたびたびだった。
フォーティの家は山麓にある。月に1、2度街へ買い出しに下りるのだそうだ。『念力』の魔法で重たい荷物も楽々運べるから、人手はいらなかった。
「魔法のかかった品物を売って生計を立ててるのよ」
フォーティは自慢げに語る。
そうして2年が過ぎ去ったある日。
「今度こそ自信作! 間違いないわ」
フォーティは転移魔法陣から現れたルバマに、はしゃいで人形を見せた。赤ん坊を擬したそれは、まさに生きているかのような迫真の出来ばえだ。
ルバマはやはり人間界の空気が毒だったらしく、体調を崩すことが多くなり、フォーティの家にも1ヶ月に1回来るのがやっととなっていた。それだけに、とうとう完成させたと喜ぶフォーティに少し元気付けられる。
「別にあたしを待たなくても……。さっさと赤い宝石をはめればよかったのに」
フォーティはにへらと笑った。
「やっぱり二人三脚で来たからさ、運命の瞬間にはぜひルバマちゃんにも立ち会ってもらいたくて」
「それで失敗したら目も当てられないわ」
「今度は確信があるのよ。『完成した!』っていう自信がね」
フォーティはすっかりルバマと打ち解けていた。人形を机の上に置き、その開いた左胸に赤い宝石を近づける。世界一の魔法使いを自称してはばからないフォーティが、このとき震えていた。
「いくわよ……!」
ルバマも緊張する。果たして、『生きた人形』は出来上がるのか。固唾を呑んで見守った。
カチリ。
フォーティが赤い宝石を押し込んだ。何も起きない。また失敗か、と口を開こうとしたときだった。
『ア……ア……イ……』
フォーティのものでもルバマのものでもない、第三者の幼い声。それは確かに、ふたりの脳内に反響した。
『オ……ウ……ア……ン……』
で……
「できたっ!!」
ふたりは手を取り合い、飛び上がって喜んだ。フォーティにとっては2年、ルバマにとっては数百年のときを経て、手に入れた成功だった。
『生きた人形』はふたりの名を取ってルバティと名づけられた。フォーティは初めて「我が子」と呼べる存在ができたことが嬉しくて、ルバティに絶えず話しかけていた。
ルバマとしてはここからである。ルバティを奪ってどこかひと気のないところへ置き、呼び寄せられた魔法使いを生け贄として、人間化させる。それがそもそもの目的なのだ。
だが――
「ルバティ、あたいの名前を呼んでみて」
「フォー……ティ……」
フォーティはだらしなく相好を崩す。そんな幸せそうな様子を見ていると、ルバマはどうしても強奪してやろうとは思えなくなるのだった。
ともかく体調が悪い。いったん冥界へ引き返そう。話はそれからだ。
ルバマはそのことをフォーティに告げて、転移魔法陣に入った。いつもの場所――マシタル王国の南の山に出る。
それが、フォーティと会った最後となった。
「ルバマさま、ルバマさま」
気がついたとき、ルバマはベッドの上にいた。召し使いのヌリタクとヌリマツが心配そうに横から見つめている。
気分が悪かった。胸がむかむかする。
「吐きそう。器を持ってきて」
「はい、用意してあります」
ルバマはそこへ吐しゃした。胃のなかが空になる。しかし気持ちは優れなかった。
「ここって冥界の――マシタル王国のあたしの家よね?」
「はい、そのとおりでございます」
「何で――」
こんなに調子が悪いのか。いつもなら人間界を離れれば、すぐに具合がよくなるのに。今回のこの不調は異常とさえいえた。
冥界には死の概念がない。風邪を引いたり引っかき傷を作ったりしても、すぐに元通りになる。だがこれは……
「ここまで運んできてくれてありがとう。ちょっとひとりで休むわ。下がってちょうだい」
「ははぁっ!」
自分は難病にかかってしまったのだ。原因はおそらく、人間界の空気を吸いすぎたため。ルバマはひとりもがき苦しんだ。
冥界の統一戦争は、そのころ大詰めを迎えていた。世界の果てとも呼ばれるオゲー砂漠で、征服王ガセールは最後の仕上げにかかる。女王パエフとの総力戦は熾烈を極め、ガセールは一時孤立するほどであった。
だが『マジック・ミサイル・ランチャー』に抗する魔法など存在せず、ガセールは包囲を突破して難を逃れる。最大のチャンスを逃したパエフの軍勢は一気に失速して、ガセールの軍に攻め滅ぼされた。
「冥王万歳! ガセールさま万歳!!」
20万もの大軍が、指導者を『冥王』と呼ぶ。ガセールはこの日から、それを己の異名とするのだった。




