0200ルバマ09(2105字)
ルバマがガセールに主従以上の愛を抱いていることは、悪魔騎士5人衆随一の朴念仁であるトゥーホにも分かっている。だから遠き戦地で祖国マシタルを懐かしんだときは、必ずルバマとガセールが婚姻していることを願っていたものだ。
しかし、やはりガセールにとって妻とは、生涯の伴侶とは、人間界でのラネッカとなるらしい。その壁を壊すことは、ルバマにもほかの誰にもできないようだった。
目の前で、ルバマが確認のためか魔法陣に顔を漬けている。彼女は簡単に人間界に渡れるのだ。それは彼女がガセールや5人衆ほどの力を持っていないからだ。
そういえば……
「ルバマさま、人形遣いのバーサ殿はどうなさっているのですか?」
バーサは『生きた人形』の最初の作者である。だが、一度人形の人間化を知ったため、自身はもう二度と『生きた人形』を作れないのだった。
ルバマは魔法陣から顔を上げる。しょげ返っていた。
「15年くらい前に、『生きた人形』の核となる赤い宝石を何個か持って帰ってきたわ。それをあたしに渡した後、今は城内で弟子を育ててる。5人衆を6人衆や7人衆に増やすためにも、後進を育成しなきゃ駄目だっていってね。でもうまくいってないわ」
「そうでしたか」
トゥーホはあごをつまんで考え込む。もうちょっと、あと一歩で何かが生まれそうなのに、頭の回転はじれったいまでに鈍足だった。もう少し、あと少し……
ルバマが布を丸めながらつぶやく。
「まったく、あなたたち5人は――正確には4人だけど――あんな立派な魔法陣が作れるのに、どうして『出口』なのかしらね。せめて『入り口』を作りなさいよ、『入り口』を」
その途端、トゥーホは閃いた。
「それです!」
いきなり大声を浴びせられ、ルバマは飛び上がって驚く。トゥーホをにらんだ。
「何よ、あたしの鼓膜を潰す気?」
トゥーホは気にせずまくし立てる。
「それですよ! 私たちは4人で『出口』の転移魔法陣を描けるんです! なら話は簡単です」
トゥーホの真剣かつ興奮した口ぶりに、ルバマは身を入れて聞き始めた。
「どう簡単なの?」
「つまり、人形遣いバーサ殿と赤い宝石を、その転移魔法陣で人間界に送り込むんです。そして、向こうで傀儡子を捜し、そいつに『生きた人形』を4体作らせる。それを適当な生け贄4名で人間化させれば、あとはそいつら悪魔騎士が自動で赤光を放ち、空中に『出口』の魔法陣が描かれるんです」
ルバマも乗ってくる。
「なるほど、人間界に『出口』が作られれば、冥界のどこかに『入り口』も出現するってわけね。その『入り口』さえ分かれば、あとはガセールさまがそれを通過して、人間界に降臨できる。そういうことね!」
「はい!」
ルバマは盛大な溜め息をつきながら、腰を下ろした。苦々しく口にする。
「で、どうやって『入り口』を発見するわけ? それができないんじゃ意味がないでしょう。馬鹿なの?」
トゥーホはひるまなかった。
「そこはその98枚もある単身用転移魔法陣を使います。謁見室に適当な枚数を敷いて、ルバマさまやバーサ殿が人間界に渡るんです。その場所で『出口』を作れば、この謁見室に『入り口』が発生する道理です」
ルバマは思わず、といったていでトゥーホを見上げる。その両目が感嘆にいろどられていた。
「へえ、頭いいのね、あなた。さすがに学者風なだけはあるわね」
「風は余計です」
トゥーホはサングラスの中央を押し上げた。ルバマへの思慕をひた隠しするために。
ルバマは単身用の転移魔法陣で、人形遣いバーサを赤い宝石とともに人間界へ送り込もうとした。
だが――
「私はルバマさまより強かったんですかね……」
バーサの体は転移魔法陣を通過できなかったのだ。赤い宝石のほうは、投げ込めば通じたというのに。ルバマはかんしゃくを起こす寸前だった。
「あたしってそんなに弱いの!? 知らなかった……」
人間界から赤い宝石を取り戻してきたルバマは、バーサに命じる。
「バーサ、あたしにも『生きた人形』の作り方を教えて」
「えっ? 何をおっしゃってるんですか、ルバマさま。『生きた人形』は、その先の人間化を知らないものにしか作れないんですよ。ルバマさまはご存知じゃありませんか、そのことを」
ルバマは自身の白い長髪を片手で払った。
「もちろんよ。だから作り方をマスターして、それを人間界の人間に伝えようって話よ」
バーサは理解したらしく膝を叩く。
「ははあ、人間界の人間に作らせるわけですね、『生きた人形』を!」
「そうよ。人間化した悪魔騎士にはあたしが接触して、適当なことを吹き込んで味方につけるわ。そう、『あなたは「神の聖騎士」です。もっと増やしましょう』とか都合のいい嘘を押し付けてね」
こうしてルバマは、配下の吸血鬼とともに転移魔法陣の改良を推し進めるいっぽう、同時並行でバーサより人形作りを学んだ。
ガセールの冥界統一事業はいよいよ激しさを増し、彼がマシタル王国の玉座を留守にすることも多くなった。悪魔騎士5人衆も海を渡った大陸で戦果を挙げ続ける。
抵抗勢力がガセール不在のマシタル王城を攻めてきたこともあった。だが事前に作り溜めていた魔物たちが、獅子奮迅の活躍で敵を撃退してくれた。
こうして数十年が過ぎ去っていった――




