0198ルバマ07(2243字)
「可能性があるとすれば……あたしたちの変化かしら」
「と、おっしゃると?」
「最初から人間化を目指して作ると、どうあがいても失敗する。そういうことじゃない?」
「ああ……」
バーサは絶望の色を両目に浮かべた。つまり、ルバマにもバーサにももう作れない、ということだ。
「ねえバーサ、ちょっと聞きたいんだけど、この赤い宝石はどこで手に入れたの?」
「冥界の辺境です。結構あちこちで発見されてるんですよね。ただ純度の高いものはそうそうありません」
「バーサ、あなたは『生きた人形』を作れなければ、ここでは用なしなの。分かるわね?」
「はあ……」
ルバマは両手を一回だけ叩き合わせた。バーサが目を覚ましたようにしゃきっとする。
「バーサ、赤い宝石を探す旅に出て。あとはあたしがやっておくから」
「ええっ? 私がですか?」
人形遣いは困り果てた。しかし、やがてしぶしぶ承諾する。
「分かりました。確かに赤い宝石を鑑定できるものはそうはおりませんし……。見つけてきたら、報酬は弾んでくださいよ」
こうしてバーサは、召し使いたちを引き連れて城を出ていった。
ルバマは例の5人の修練場をうかがった。ケロットやジャイアらは、メンバーを入れ替えつつ魔法陣の作成に躍起になっている。
確かに4人が意志を統一すると、その左胸の『核』が光り出し、空中に転移魔法陣を描き出した。だがそこまでだ。出来上がるのは、いつもいつも『出口』の魔法陣だ。本来必要な『入り口』の転移魔法陣は、どうしても現れなかった。
なぜ彼らがガセールに従順になっているかというと、ガセールのマジック・ミサイルを食らいたくないからであり、また食事や酒をたんまり用意してくれるからであり、そして何より、生まれたばかりの彼らには生きる目的がなかったからであった。
「おいルバマ、酒は持ってきたか?」
横柄な大男ケロットからぶしつけに問われ、ルバマは少し気分を害する。だが、何事も我慢が大切だ。
「あるわよ。ひと休みしなさい」
ルバマも含めた6人は車座に座り、酒を回し飲みし始めた。ジャイアは東洋酒が好みなのか、あまり口をつけない。反対に若者リューテは好んであおった。
ルバマはツーンからの酒を断り、背負い袋を下ろしてなかを探る。
「ちょっとあなたたちに確かめておきたいことがあるの」
学者風のトゥーホが目をしばたたいた。
「ほう、それはどのようなことですか?」
ルバマは丸められた布を取り出す。6人の中央にそれを広げた。6対の眼球が集中する。
単身用転移魔法陣だった。
「あたしが人間界と行き来するために、吸血鬼に作らせた代物よ。あたしはこれを使って向こうと往来できるようになったわ。あなたたち5人のうち4人を人間界に送り込み、そこでガセールさまを移動させる転移魔法陣を作れば、ガセールさまは簡単にあっちの世界へ移動できるはずよ」
少年リューテは指を軽快に鳴らす。
「なるほど、そいつはいいや。じゃあ俺から向こうへ行ってみるぜ」
彼は無鉄砲というか、自分自身の力を崇拝しているというか、立ち上がるとあっさり魔法陣の中央へ飛び乗った。
しかし――
「……おいルバマ、何も起きないぞ」
そう、リューテが転移魔法陣に乗っても、その体が人間界へ移動することはなかったのだ。ルバマは誰よりもがっかりした。
「そんな……。い、いや、リューテだけが行けないだけかもしれないわ。ほかの人も乗ってみせて」
リューテが不満を抱えたままその場を離れると、トゥーホが代わりに布の上に乗る。だが、やはり転移魔法陣はその機能を果たさなかった。
「駄目ですね。ルバマさんは通れるのに、どうして私たちは通過できないのでしょうか?」
ルバマはあるいは魔法陣の不調かと、その中央に顔を沈める。普通に人間界が覗けた。
「ガセールさまも通れなかったし、うーん……。考えられるのは、あなたたち5人とも、ガセールさまに匹敵するぐらい力が強すぎるからかしら」
そこでふと、ルバマはあることに気がつく。力が強すぎるなら、もしかして……
「ねえあなたたち、翼を出せる? ちょっと試してみて」
「翼?」
侍ジャイアがまぶたを数回開閉した。
「それはたとえば、鳥のような感じのものでござるかな?」
「そうそう。ガセールさまは翼があって自在に空を飛べるわ」
派手女ツーンが少し離れた位置に立つ。
「おほほほ、やってみるわ。さあ、翼よ、出ろーっ!」
静寂。何も起きなかった。ケロットが爆発したように笑い出す。
「ぶははっ! 何が『翼よ、出ろ』だ。そんな文句で空が飛べたら、こちとら苦労しねえっつの……」
次の瞬間だった。
ツーンの背中から、銀色の翼がばさりと左右に広がったのは。
「で、出た……! 出たよ、あんたらっ!」
「うげっ……」
腰を抜かすケロットの前で、ツーンは羽を羽ばたかせる。その両足が地面から離れ、彼女は宙へと舞い上がった。
「あははっ! あたしにこんな能力があったなんて!」
ツーンが頭上で旋回する様子を見上げ、リューテが俄然乗り気になる。
「よし、俺も俺も! 翼よ、出ろ出ろーっ!!」
リューテの背中からも羽が飛び出した。彼は無邪気にはしゃぐ。
「すげーっ! かっこいい! しかもこれ、服を破いたりせず透過してやがる!」
リューテが身軽に飛び上がり、ツーン同様、自分の新しい力を思う存分楽しんだ。ケロット、ジャイア、トゥーホも翼を出して、自在に飛翔する。
ルバマはその様子をまぶしく見上げながら、仲間外れのちょっとした悔しさと、ガセールにいい報告ができる嬉しさとを噛み締めた。この5人の翼は、世界制覇に著しく貢献するだろう。




