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0196ルバマ05(2138字)

 ガセールの決断は一瞬だった。


「人間界に通じているかどうか、確かめてみせよ、ルバマ! 余が運ぶ!」


「えっ!? は、はいっ!」


 円形で赤く光り、冥界の古代語で金文字を連ねる魔法陣。多重円の各層が左と右、複雑に回転している。その中央の黒点へ、ガセールは近づいた。ルバマが手を伸ばす。


 うまくいけば、このまま人間界へと入れるはずだが――果たして。


「だ、駄目です。これは『出口』です!」


 そう、ルバマの手は薄い滑らかな板に触れたような感覚を得るだけだった。単身転移したときのような、人間界への侵入はできなかったのだ。


 そのときだった。


「グオオオッ!」


「きゃっ!」


 黒い中央部から、巨大な猛々しい熊が飛び出す。それはすぐに足場を失って、地面に墜落した。


 そこでようやくガセールとルバマは、地上から魔法陣に赤光(しゃっこう)を浴びせているものに気がついた。4人いて、それぞれの左胸から放たれた光が、宙で交錯している。魔法陣はそこにできていた。


 熊は骨折して激怒し、そのうちのひとりの胴に噛みつく。途端に4人から出ていた赤い光が消え失せ、彼らは夢から覚めたように尻餅をついた。


「魔法陣が……!」


 ガセールとルバマの目の前で、巨大転移魔法陣が消え去る。それこそ跡形もなく、風に吹かれて去ってしまったかのごとく。


 熊に噛みつかれた男が悲鳴を上げた。


「ぎゃああっ、(いて)ぇなこの野郎っ!」


 月明かりのもと、男はいきなり身の丈もありそうなハンマーをその手に出現させ、それで熊を殴り殺した。熊はひとたまりもなく肉塊に()する。熊からは赤い血が、男からは青い血が流れた。


 しかし、ここは冥界である。男の傷はたちまち(ふさ)がった。


「あー痛ぇ。……つか、どこだよここ。お前ら、誰だ?」


 城の門からたいまつを掲げた兵士たちが続々と現れた。巨大魔法陣の異変に、急遽(きゅうきょ)駆けつけてきたものらしい。


 ガセールはその明かりを頼りに、地上をよく見てみた。4人ではない、5人だ。5人の青い肌のものが、5体の白骨死体を取り囲むように突っ立っていた。


 さっき魔法陣形勢に参加していたものは、そのうちの4人。今のハンマーの大男、学者風の男、東洋風の異人、10代らしき若者、だ。残るひとりは赤光を出さず、ただ座り込んだまま呆然と周囲を見渡していた。これは派手な服を着た若い女だ。


 ガセールは着地した。ルバマを下ろす。そのうえで、5人に大声を発した。


「余は征服王ガセール。お前らは冥界のもののようだが、いったいどうやってここまで来た? さっきの赤い光はどうやって放っていた? なぜ『出口』とはいえ、魔法陣を形成できた? 答えよ」


 東洋の侍風の男が顎を撫でる。


「聞きたいのはこちらだ、ガセール王とやら。なぜ拙者はここにいる? このものたちは何者だ? さっきの赤い光は何で拙者の胸から放たれていた? 答えるのはそちらだろう」


 ルバマがガセールにそっと顔を寄せてささやいた。


「ガセールさま、この5人、確か人形遣いバーサの持ち込んだ人形5体と同じ格好をしています」


「何……」


「それだけではありません。あそこに転がっている白骨死体は、服装からして消えた魔法使いたち――チョス、カト、ジコー、カブギ、ケラム――の5名に間違いありません」


 ガセールは溜め息をついた。とにかくわけが分からない。ここは事態をおとなしく推移させよう。


「お前たちと戦うつもりはない。ここでは暗くてお互いの顔もよく判別できぬ。どうだ、その城のなかで話そうではないか。この城は余のものだ、安心しろ」


「馬鹿野郎。そんなの、かえって安心できねえじゃねえか」


 若者が狼のように吠え立てた。


「俺はごめんだね。誰にも指図されるつもりはねえ。……食らえ!」


 若者の手が閃き、そこから無数の短剣が飛び出す。それはガセールの頭と胸と腹に、1ダースほどの風穴(かざあな)を空けるはずだった。


「『マジック・ミサイル』!」


 ガセールの背後の黒球から、黒い矢がなだれを打って飛び出す。それは若者の短剣をすべて撃ち落とし、若者の上半身を滅亡させた。


「あーらら……」


 派手な女がけらけら笑った。


 ここは冥界だ。魔物や動物を除いた住人たちに、死の概念はない。だから少年の上半身は裸のまま生え出てきた。だがガセールはそれをすぐに打ち砕く。若者が復活するたび、何度も、何度も。


(こわ)……」


 大男がぞっとしたように身震いした。学者風の男はサングラスの中央を指で押し上げ、ガセールをいさめた。


「その辺でいいでしょう、ガセール王。もう十分()りたはずです」


「そうだな」


 ガセールは『マジック・ミサイル』を止めた。少年はようやく痛みと死の繰り返しから解放された。彼は発狂寸前の苦しみを味わい、すっかりおとなしくなっていた。


「はぁはぁ……。あ、あんた、化けもんだ」




 5人はハンマーの大男がケロット、学者風の男がトゥーホ、東洋風の剣士がジャイア、派手な女がツーン、ガセールにこっぴどくやられた短剣の少年がリューテ、と名乗った。名前と特技以外はすべて忘れているらしい。謁見室につどっている。


 そこへ現れたのは、呼び戻された人形遣いバーサだ。踊りまわった後のような黒い髪の毛で、髭モジャで猫背、やや太り気味という姿だった。彼は今回の出来事をルバマより知らされ、すっかり驚愕している。


 玉座に座ったガセールは、ひざまずく人形遣いを見下ろした。

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