0193ルバマ02(2071字)
樽のような黒球が、ガセールの背中に吸い込まれる。直後、そこから銀色の翼が左右に広がった。
「うおっ!?」
ガセールは慌てて身をよじり、背をまさぐる。服は破れていない。だが間違いなく羽が生えていた。不思議なことに、その新たな器官は服を透過しているのだ。
ルバマはその美しい銀翼に数瞬見とれた。『マジック・ミサイル』に続き、これも『特別な悪魔騎士』に与えられた能力なのだろうか。それにしても、こんな簡単なことで発現するとは……!
ガセールは翼を出し入れして確認している。そして、こらえきれないとばかりに哄笑した。
「わははは、こいつは凄いぞ。ちょっと外で飛ぶ練習をしてみようかな」
「お気をつけて……」
「何、冥界に死の概念はない。落ちても頭蓋骨が砕けるだけだ。……そうだな」
羽をしまったガセールは、ルバマの手を引いて立たせる。ルバマは目をしばたたいた。
「あたしをどうなさるのですか?」
「ひとりで飛んでも面白くない。お前をかかえて飛翔してみよう」
「はあ……」
「行くぞ」
ガセールは王城を出ると、再び翼を広げる。そしてルバマをお嬢さまのように抱っこした。ルバマは周囲から浴びせられる奇異の視線に気恥ずかしさを覚える。
だがガセールは無頓着だった。羽を羽ばたかせて舞い上がる。地上は驚愕の声に満ちた。
「おおっ、本当に空を飛べるぞ! ははは、こいつは凄い!」
「きゃあっ!」
ルバマはガセールの首に両手でかじりつく。
確かに今まで見たこともない景色だった。城が、森が、山が、一瞬にして脇を通り過ぎていく。
「あまり高度は出せぬようだが……馬なんかより断然速いな。どうだルバマ、苦しくないか?」
「だ、大丈夫です」
「その調子だ。飛ばすぞ!」
ガセールは微笑んで、さらに速度を出した。いつしかルバマの視線は、周囲よりも自分のあるじの顔に集中している。
……ああ、あたしはこの人が好きだ。
漠然とそう思い、とたんに耳朶が熱くなった。
マシタル国はたびたび反乱が起きている。だがガセールはそのすべてを鎮圧し、前国王オトナパも屈服させた。ここにマシタル王ガセールの名はようやく天下に響き始める。
そのガセールは、今でも人間界での亡き妻ラネッカを愛していた。彼女との間に生まれるはずだった子供への想いも、胸に焼き付いて離れない。
ガセールはいつの日か人間界に戻り、ラネッカと子供、ふたりの墓を立ててやりたいと念願するようになった。そして、誠実に生きていた自分たちを足蹴にした、人間界の支配者どもに鉄槌を食らわすことも。
ルバマはそんなガセールの意図を正確に読み取り、その願いを叶えてあげたくなった。自分がそんな感情を抱くとはこれっぽっちも思ってなかったのに――
ある日のことだった。ガセールは妾を用意するよう、近衛隊長オラキズに命じる。さすがに女のルバマにこのような用件を押し付けることは、ガセールは控えた。オラキズは気合を入れて美女を探し、ガセールに即席のハーレムを献上した。
ガセールは亡き妻ラネッカを今でも愛している。しかし彼女が帰ってくることはない。若々しいガセールは肉欲を発散する相手を欲していた。そうして彼は、さまざまな淑女を手折ることとなった。
かくしてその夜はきた。
公務を終えたガセールが、たいまつをかざして後宮へ足を向ける。すると、途中で知った声に呼び止められた。
「ガセールさま。寝所へ参られるのですね」
「ルバマ……!」
ガセールは驚いていた。ルバマはこの後宮の存在自体は知っていたはずだが、ここへ足を向けたことは今までない。
彼女は普段しないような着飾った服装で、ガセールを待っていた。それは妖艶で悩ましく、しかしどこかはかなげである。
「ガセールさま。あたしもあなたの妾にしてください」
声は震えていた。ガセールは苦笑して自分と相手をごまかす。
「何を……。お前は余の大事な側近だ。愛人関係になるなど、もってのほかだ」
「あたしは真剣です。……もちろん、ガセールさまがラネッカさまを今でも好きであることは承知しております。ただ……」
ルバマはガセールの胸にしなだれかかった。
「ただ、抱いてほしいのです。それはあたしにこれからの力を与えてくれるでしょうから。……それにガセールさまも、青い肌の女ばかりより、たまには肌色のあたしを相手としたほうが気も紛れるでしょう」
ガセールは困惑する。
「お前はそれでいいのか? 余がお前を愛することは未来永劫ありえないし、それに閨では容赦せんぞ」
「お好きなままに。それであたしは満たされます」
ガセールの躊躇は長いことではなかった。やがてルバマの手を取る。
「では、来い」
こうしてガセールとルバマは、一線を越えた。
「ルバマさま、人間界への通路――転移魔法陣――を開く方法ですが、見つかりました」
「本当に!?」
研究室にこもって数々の実験を行なっていたルバマに、魔物『吸血鬼』が朗報をもたらした。
吸血鬼は優れた知能と力を持ち、無二の手下としてよく働いてくれる。ただし日光やニンニクに弱いという欠点もあったが。
「早速見せて。それはガセールさまのたっての希望だったのだから」
「承知しました」




