0191ザオター09(2404字)
ザオターは内心舌打ちする。夜闇のなか、火を焚いて歓迎会をしていた自分たちは、マシタル国の兵士たちにとって垂涎の獲物以外にありえなかった。
そしてマシタル国の狙いは、もちろんテレット国王夫妻だ。彼らを生け捕って人質とし、一気にテレット王国本土へ攻め込む。そこまで計算して戦いの狼煙を上げたのだ。
もちろん砦に内通者がいたのだろう。見つけ出して吊るし上げて、ぼこぼこに叩きのめしてやりたかった。だが今はそんなことを夢想している場合ではない。
「ぎゃああっ!」
とうとう国王がマシタル兵の剣に倒れた。凄まじい流血だ。それでも死ぬわけではないのだが、拘束されて人質とされればこっちはやりにくくなる。最悪降伏まで追い込まれるかもしれなかった。
「今お助けします!」
ルバマが女ながら剣を取って、国王を縛り上げようとする兵士に斬りかかる。
「女ぁっ!」
だが逆に、兵士が槍でルバマの腕を斬り落とした。さらにルバマの腹を突いて血へどを吐かせる。
「ぐあぁ……!」
ルバマが血みどろになって倒れた。
ザオターには、それが――
まるで、妻ラネッカのように見えた。
その瞬間だった。それまで感じたことのない力が五体にあふれてくる。背中の側に何かが生じたのが分かった。力の集積した黒い球。見なくてもそうだと感じる。
「うおおおおっ!!」
ザオターはその漆黒の塊から、黒い矢を無数に発射させた。それは黄色い腕章の兵士たちを狙い、またたく間に飛翔する。
「がはぁっ!」
「ぎええっ!」
「うがああっ!」
あるものは腕を、あるものは足を、あるものに至っては全身を、黒い矢に消滅させられる。形勢は逆転し、逆転どころか一方的な勝利へと劇的に変化した。
もちろん冥界の人間は、ルバマやザオターを含めて全員再生する。だが武器と闘志を喪失した兵士たちに何ができよう。また黒い矢で撃たれるのは、激痛をもたらされるのは真っ平とばかり、彼らは一目散に逃走していった。
「すげえぞ、ザオターさん!」
「何なんだあの黒い矢は! 初めて見たぜ!」
「ザオター万歳! テレット王国万歳!!」
砦は守られた。後で拷問して情報を吐かせるために、数名のマシタル兵が捕縛される。国王夫妻は確保された安全にむせび泣いた。
砦の人々はザオターを恐れ、あがめ、賞賛する――そう、ルバマ以外は。
翌日、国王夫妻と臣下が無事に王宮へ旅立ってから、ザオターはルバマに呼び出された。彼女は戦いにおいて斬られた腕も突かれた腹も、すでに元どおりになっている。ザオターを部屋の椅子に座らせると、自分も正対するそれに腰を下ろした。
「あの黒い矢は何なのかしら? 説明してもらえるでしょうね」
たぶんそう聞かれるだろうと思っていた。ザオターの返事は決まっている。
「『特別な悪魔騎士』というやつだ」
「何よそれ」
ザオターは自分が人間界で殺され、この冥界で目覚めるまでの間に遭遇した、謎の女の声を話した。ルバマはすっかり聞くと、肘を抱いて眉根を寄せる。
「悪魔騎士……ねえ」
「それ以外に思いつく当てはない。ただ実際に力があるとなると、女の声を信じるしかないだろうな」
ルバマは微笑んだ。いたずらを思いついた少女のような顔だ。
「ねえザオター。その力、思いどおりに使える?」
「あのときは、お前が重傷を負う姿が妻のラネッカに似ていたから、発現できたようだ。今はどうか分からないな」
「やってみせてよ。この杯を砕いてみせて」
酒盃を床に置いた。
「よし」
ザオターは黒い球を発生させると、『マジック・ミサイル』を一本だけ発射する。それは正確に杯を消滅させた。
「これで満足か?」
ルバマは強気で挑戦的な表情を浮かべる。出会って以来、初めて見せた野心的な瞳だった。
「ねえザオター。今見せたその力で、マシタル国を征服してみない?」
「何っ?」
これにはザオターも仰天せざるをえない。途方もないことを言い出した、と思った。
「正気かルバマ」
「人間が憎いんでしょう? あたしも大嫌いだわ。特に、支配者ってやつはね」
ルバマは心持ち前傾姿勢になる。
「あたしは人間界で、権力者に十日に渡っておもちゃにされて、そして殺されたわ。目の前で恋人を殺されるおまけつき」
その両目に毒々しい光が宿っていた。ザオターはその輝きに共鳴する――なぜなら、彼もつまるところ権力者に搾取される人生だったからだ。
「ああ、俺も支配者は嫌いだ。もし彼らと同じ立場になったら、もっと人に優しい運営を心がけただろう」
「なら話は早いわ。ザオター、あなた、今日からこの砦のあるじになりなさい。あたしに代わって、ね」
今日はこの女にたびたび驚かされる。ザオターは苦笑した。
「そんな安っぽいおもちゃじゃないだろう」
「あたしは本気よ。この砦があなたの出発点。ここからあなたの『マジック・ミサイル・ランチャー』で、版図を拡大していくのよ。あたしはあなたが疲れたり睡眠を取ったりする際に、あなたを全力で守るわ。部下たちを使ってね」
ザオターはもはや笑えない。この女は本気だ。
ルバマは立ち上がり、手を差し出した。
「きっとうまくいく。あたしが保証するわ。さあ、手を握りなさい、ザオター。まずはマシタル国から、あなたとあたしの野望の旅は始まるわ」
ザオターはなかなか動けなかった。この手を握れば、途方もない戦いの日々が始まる。その予感――いや、確信があったからだ。
「膝枕」
「え?」
「俺が疲れて眠るときは、お前が膝枕してくれ。それが条件だ。男の太ももなんか嫌だからな」
ルバマは噴き出した。
「いいわよ、ザオター」
「よし、やるか」
ついにザオターは立ち上がり、ルバマの手を握り締めた。ルバマは目を細めて嬉しがる。その彼女に、ザオターはこう明言した。
「俺は今日からガセールを名乗る」
「それ、あなたが子供につけた名前じゃなかったかしら」
「ああ。だからだ。今日から俺は、亡き子の人生を継いで生きる」
ルバマはくすりと笑う。
「よろしくお願いします、ザオ……じゃなくて、ガセールさま」




