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0187ザオター05(2185字)

「それでこの占い師ジルワードの元にやってきたってわけか」


 50歳ぐらいの彼は、黒いローブを身にまとっている。フードから垣間(かいま)見える落ちくぼんだ目は生気に乏しかった。


 このジルワードの店は街の北外れにある。日頃から占いをなりわいとし、よく当たると評判だった。星の動きや光などで吉凶を判別するという。


 ついさっき、ザオターはガセールの死体をテーブルの上に置いた。思い切り引いているジルワードをよそに、今夕(こんゆう)の出来事をまくし立てる。涙ながらの説明だったが、とにかく彼に内容は理解させた。させたつもりである。


「あんたの占いで、どうすればこの子供が――ガセールが生き返るか、教えてほしいんだ」


 そこまで言って、肝心(かんじん)なことを思い出した。


「ああ、悪い。俺の家に(にわとり)が30羽いる。それが報酬だ。ガセールさえ生き返れば、ほかにはもう何もいらないからな」


 当たるかどうか不明な占いに対して、この報酬はかなりのものだろう。実際、ジルワードの両目には計算と打算が脈打っていた。


「よし、占おう。ただしうまくいかないこともあることは、ご承知おき願いたい。その場合でも――そうだな――半分の鶏15羽をいただこう。構わないな?」


 ザオターはうなずく。もうここしか頼るところはないのだ。


「それでいい」


「では少し待て」


 ジルワードは奥へと引っ込んだ。しばらく経って連れてきたのは、羊一頭の死骸である。裏で()めたようだ。


「こやつは生け(にえ)。肝臓の色を見ることで吉兆を占う」


 そういって、ナイフで器用に羊の腹を裂き、臓物を引きずり出した。部屋中に血生臭さが漂う。


「ふむふむ……」


「どうだ?」


 ザオターは身を乗り出した。何せ我が子の命がかかっているのだ。真剣にならないほうが無理といえた。


「東……」


 ジルワードが詩でも吟じているかのような口調でしゃべり出す。


「東に吉あり」


「それだけか?」


「いや……」


 ジルワードが、まるで神が憑依(ひょうい)したかのように(おごそ)かに打ち出した。


「分かったぞ。この子を東の山の頂上へ連れて行き、孤独のうちに置くのだ。さすれば赤子は天からのいかずちを受け、新たな命を授かるだろう」


 ザオターは願っていた具体的な方法を聞かされて、安堵のあまり泣き出す。


「ガセール、よかったな。これでまた一緒に生きられる。よかった、本当に……」


「ちょっと待て」


 占い師が注意を与えてきた。


「ザオターよ、くれぐれもこのことは他言するな。何せ神をあがめる奴らからすれば、人間の復活など禁忌に等しい。もし他人に話せば、異端扱いを受けて殺されることになるだろう。いいな、他言するなよ」


「分かった」


 ザオターは皮袋に赤子の死体を戻しながら、嬉し涙を流し続ける。ガセール、すぐに生き返らせてやるからな。




 ジルワードの店から帰ってくると、自宅周辺は大変な騒ぎになっていた。何せラネッカが惨殺され、さらに謎の男の死骸が近くに転がっているのだ。これで騒がずにいろというほうが無理な相談といえた。


「おいザオター、今までどこに行っていた? 女房のラネッカが死んでいるぞ!」


 近隣に住む老人が、たいまつの明かりのなかザオターに迫る。ザオターは占い師ジルワードに迷惑をかけるのもまずい、と考えて、まして答えた。


「このキョコツという男に妻を殺されたんだ。だから俺がキョコツを殺した。さっきまで神殿にいて、神にラネッカの冥福を祈っていたところだ」


 やはり近くで暮らしている年増(としま)の女が聞いてくる。


「じゃあこれからラネッカちゃんを正式に葬る手続きを始めるんだね? 私たちも協力するから、頑張って……」


 ザオターはさえぎった。


「それについては、あなたがたの力を借りたい。あとで対価を払うから、どうか俺抜きで手続きを進めてもらいたいんだ。すまないが、俺にはやるべきことがある」


 村人9名が固まる。そのうちの一番の若者がなじってきた。


「何を言ってるんだい、ザオターさん。奥さんを埋葬する以上のやるべきことなんて、ありはしないよ」


「……それじゃ、頼んだ」


 ザオターは無理やり会話を打ち切ると、自分のたいまつに火を()けて、近くの厩舎(きゅうしゃ)に向かって歩き出した。自分の形相が普段と違っていたことに気がついたのか、追ってくるものはいなかった。


「この時間に馬を借りるんですかい?」


 寝ていたところを起こされた貸し馬屋は、ザオターの要請に驚いていた。ザオターは無言でアダマスを取り出し、貸し馬屋に押し付ける。


「これで1週間借りたい。いいか?」


 馬屋はたいまつの明かりに宝石を透かし見て、その美しさに目をしばたたいた。


「か、構わねえですが……。こんな高価なもの、本当にいいんですか?」


「ああ。不満か?」


「とんでもねえ! 2頭でも3頭でも借りていってくだせえ!」


 ザオターは馬の(くら)にガセールの入った皮袋と食糧を取り付けると、それに飛び乗った。そして月明かりとたいまつの火を頼りに、東の地へと出発した。


 あのアダマスは、ラネッカとガセールの無病息災に買ったお守りだ。だが、それももういらなかった。宝石など何の意味もない。実際にラネッカとガセールは死んでしまったではないか。


 必要なのは自分自身の「守り切る力」だ。ザオターはそこまで達観していた。


 道中、ザオターは我が子ガセールが腐乱しはじめ、蛆虫(うじむし)が湧いてハエにたかられる姿を見る。思わず涙しながら皮袋をしっかり閉めて、ザオターは手綱を握った。


 もう少しの辛抱だ、ガセール。パパが必ず救い出してやる。

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