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0184ザオター02(2109字)

「ま、まあいいじゃない、タリア。それじゃそろそろ行こうよ」


 コロコは取り繕うようにそういうと、タリアの手首をつかんだ。ラグネも反対側の手首を握る。


「ふーんだ。いいもんいいもん、私だっていつかイヒコ王と……」


 タリアはやけくそ気味に叫んだ。


「『影渡り』!」


 月が()えていて万物の影は濃い。タリアとラグネ、コロコは暗闇の世界に潜り込むと、いろいろな影を伝って城下町の南側へと出た。


 こうして3人は南下していった。半日前、同じく南へ向かっていったスライムたちの群れに追いつけば、今度はその影に乗れる。そうすればいつか冥王たちの姿をとらえられるだろう。


 その途中、ラグネはついうとうとしてしまう。暗黒のなかで、いきなり誰かの記憶らしきものが、脳内に流れ込んできた。




「いてて……」


 両の手の平を見ると、どちらにもタコができていて、しかもそろって破けていた。出血もひどい。連日(くわ)を振っていれば当然の結果だ。


 だが、休むことは許されなかった。監督官がすぐさまザオターのそばへ寄ってくる。


「こらぁ! 何を休んでおるのか!」


 鋭い鞭の一撃が飛び、ザオターの背中を打った。苦痛に思わずうめく。


「ぐっ……」


 ザオターは奥歯を噛み締め、再び鍬を固い土へと振り下ろした。両手と背中のあまりの痛みに涙ぐみながら……




 ザオターは人々が定住を選び、その結果農耕を始めるようになったころに生まれた。少数の貴族に多数の農民が搾取(さくしゅ)される時代、と言い換えてもいい。


 (くわ)を持てる腕力がつくと、幼少期から畑を耕す農奴(のうど)としてこき使われた。大土地所有者は、ザオターのような安価な労働力を大量に購入して、巨大な農地を運営している。今年23歳になるザオターは、いまだ子供の頃からの地位を脱出できずにいた。


 しかし、その契機はとうとう(めぐ)ってくることになる。農奴のものたちが、一揆(いっき)の計画を知らせてきたのだ。


「ザオターよ。無理にとは言わんが、ぜひとも若いおぬしにも協力してほしい。みなで立ち上がり、大土地所有者のジョグモに天誅をくだすのだ」


「……いや、俺には無理ですって」


「何を。役に立たないということはない。それとも今のまま、奴隷のように扱われてもいいのか?」


「それは勘弁ですが……」


「なら!」


 誘うものがテンションを上げれば上げるほど、ザオターは困り果てた。彼には見通しがある。


 もし一揆が一時的に成功しても、ほかの土地からやってきた貴族によってねじ伏せられるだろう。よしんばそうならなくとも、結局一揆の指導者格キョコツが新たな大土地所有者の地位に納まるだけだ。暮らしは変わらない。


 ザオターは頭を下げて固辞した。


「すみません。俺は辞退します」


 車座(くるまざ)に落ち着いていた農奴たちは、いっせいに非難の声を上げた。いわく、「腰抜け」「奴隷根性の持ち主」「勇気なきもの」など散々である。


 キョコツはザオターに迫った。


「もし一揆の計画をジョグモのやつに知らせたりしたら……どうなるか分かってるだろうな」


 その目力(めぢから)に、ザオターが恐怖を感じなかったといえば嘘になる。


「もちろん密告などしません。でも一揆にも加わりません。俺はそういう立場でいたいと思います」


 指導者格は口の端を吊り上げた。


「つまり、傍観者(ぼうかんしゃ)に徹してお手並み拝見ってわけか。いい身分だな、ザオター。あとから分け前にあずかろうなんて思うなよ」


 農奴たちはザオターを(すみ)に引っ込ませて、ひそやかな声で作戦会議に移る。ザオターは暇なので、寝転がって寝ようとした。


 だが仲間たちの死に顔ばかり浮かんできて、なかなか寝つけなかった。




 ザオターは平凡な男である。本人ももって自覚していた。これといって取り()もなく、ただ流されるままに23年間生きてきた。彼の両親は、重労働のせいで体が持たずにとっくに他界している。


 自分の人生はこのまままっすぐ、いつまで経ってもこき使われる道しかないんだろうな、との諦観(ていかん)もあった。そして両親のように破滅を迎えるのだ、とも考える。


 そんなわけでザオターは、目の前で始まった一揆――まずは監督官たちの殺害から――を眺め、ただただ成功するのを祈った。




「今回の農奴の大規模反乱に、お前は加わらなかったのだな?」


「はい」


 一揆は起きたが、しかしまたたく間に鎮圧されてしまった。目の前でこちらをにらみつけるのは、大地主のジョグモだ。戦士としての練度、武器・防具のレベルの違い、そして圧倒的人数と、ジョグモの部下たちは農奴など(はな)から相手にしなかった。


 その農奴たちのなかで、ただひとり一揆に参加していなかったザオターの存在は、ジョグモの興味をひいたらしい。


「なぜだ?」


 太った大将格は、ザオターの説明――一揆の計画を前に思考したこと――を聞いて納得する。大土地所有者は顔をほころばせて肩を叩いてきた。


「よしよし、お前はいい奴だ。密告してきてくれればさらによかったがな」


 彼は夕暮れが近づく景色――一面大農場だったが――を眺め渡す。


「これでここの畑に、新たに農奴を20人ばかり追加補充しなければならなくなった。……そこでだザオター、お前はここの監督官になれ」


 意想外の言葉だった。ザオターは舌がもつれる。


「か、監督官ですか!? 俺が?」


 大出世というべきか。ジョグモはうんうんうなずいた。

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