0183ザオター01(2152字)
(30)ザオター
ラグネはスライムたちに『マジック・ミサイル』を乱射しながら、あることを考えていた。もちろん南へ飛んでいった冥王ガセール一行についてだ。あれから半日が経過している。
ロプシア国王都でルミエル337人を皆殺しにした。ラアラの街で数え切れないほどの殺害を行ない、ほとんど壊滅させた。そしてこのコルシーン国・王城城下町で、ラグネたちを殺そうとして、関係ない庶民らを多数地獄へ送った……
彼らがラグネたちとの再戦よりも、さらなる人間虐殺を優先することは必至に思われた。となると、次に冥王たちが狙うのは、南にある大きな街――港湾都市ドレンブンだろう。コルシーン国の一部であるが、実際には辺境伯トータが差配している港町だ。
今度はドレンブンで死体の山が築かれるかも知れない。ガセールたち6人の手で、ラアラの街以上に……!
そう思考すると、ラグネはもう居ても立ってもいられなくなった。同じ『神の聖騎士』である傀儡子ニンテンと交信する。視界が二分され、上がラグネ、下がニンテンの見ている景色となった。
老人はデモント、コロコとともに、第一城壁の外でスライム駆除に当たっている。ニンテンの『削る腕』も、デモントの三叉戟も、コロコの光弾も、スライムと同じ高さにいるときのほうが効果が発揮されるからだ。
「ニンテンさん、僕です、ラグネです」
「おお、どうしたラグネくん」
さすがにみんなが頑張っているのに、自分ひとりだけわがままのようなことを言い出すのは気が引けた。
――それでも。
「……あの、やっぱり僕は冥王ガセールさんたちを追いたいです。彼らを野放しにはしておけません」
ニンテンは『削る腕』でスライムたちをごっそり削り取りながら返す。
「そうだな、やはりきみもそう思うか」
「ニンテンさんも同じ考えなんですか?」
「無論だ。自分さえよければいい、という考え方は、わしの人生にはないのでな」
老人は「ただし」と断りを入れた。
「わしはここに残る。代わりにコロコくんを一緒に連れていけ。それが条件だ」
ラグネは目をしばたたく。
「コロコさんを? まあ確かに戦力的には大幅増になりますけど……。ニンテンさんたちでこの城下町を防ぎ切れますか?」
「問題ないよ。デモントもケゲンシーも魔法使いたちも、よくやってくれている。第一冥王の『マジック・ミサイル・ランチャー』に対抗できるのは、同じ力を持つラグネくんだけなのだからな。もちろん本当なら全員で冥王を追いたいところだが、まだまだ尽きないスライムどもは、それを許してくれそうにないからの」
こうしてラグネとコロコは、タリアの『影渡り』によって南へ向かうことになった。
ラグネは準備を整えると、悪魔騎士タリアのもとへ、コロコとともに歩いていった。空は星たちの装飾により、きらびやかな月がより一層盛り立てられている。夏の暑さもこの時間なら体を侵食しなかった。城内では死者への哀切たる弔歌があちこちから立ち上っている。
「なんかラグネって、いつの間にかだいぶたくましくなったよね」
「そうですか?」
コロコはふと立ち止まった。つられてラグネも足を止める。ふたりは正対した。
コロコはくすりと笑う。
「初めて会ったときのこと覚えてる? 魔人ソダンの迷宮で、巨大狼に追いかけられてたよね、ラグネ」
そんなこともあったなぁ。ラグネは懐かしく思い出した。
「はい。そこをコロコさんに助けていただいたんですよね。あのときの飛び蹴りは、いまでもまぶたの裏に焼きついています」
コロコは苦笑した。照れ笑いにも近い。
「そうなんだ」
笑みをゆるめた。
「……あのときのきみは、泣き虫の弱々しい少年だったのに……。本当に、みんなから頼りにされる男子になったね」
一陣の風が吹く。コロコの黄土色の癖毛が揺らめいた。綺麗だな、とラグネは思った。いや、コロコはいつだって美しい。それは容姿だけでなく、心さえも……
「私もあのときは単なるヒヨッコだったけど、今は光弾も撃てるようになったし、ソダンにだって負けやしないわ。でも」
コロコはラグネに近づいた。その黄金色の瞳が宝石のように輝いている。
「それも全部、ラグネがいたから。ラグネが隣で成長するから、私も負けじと頑張れたんだと思う。……私、私ね……」
彼女はラグネの胸に手を当てた。ラグネはどきりとする。
「私、きみが好き。ラグネが好きなの」
ラグネを見上げるコロコは、その両目を潤ませた。とうとう口にした、とは、両者の思いだったに違いない。
「……きみは私が好き?」
ラグネはコロコの華奢な手を握った。返すべき言葉はひとつである。
「はい、大好きです。コロコさん以外の女性は目に入らないぐらいに……!」
コロコは健やかな笑みを浮かべた。その目尻から涙がひとしずく、零れ落ちる。
「嬉しい。好きよ、ラグネ。世界中の誰よりも……」
「コロコさん……!」
ふたりは唇を近づけた。それはゆっくりと重ね合わされる――
かと思いきや。
「ちょっとー!」
不意に服を引っ張られた。見ればタリアがふたりの間に割って入っている。頬をふくらませていた。
「いつまで経っても来ないから、心配して見にくれば……。何いやらしいことしようとしてるのよ、ふたりとも」
ラグネは一瞬前までの自分を恥じて、頬を熱くした。コロコも同様だ。見られてしまった、その気恥ずかしさがあった。




