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0182激突08(2095字)

 でも、気持ちは変えられない。


「その言葉、信用します」


 冥王は明らかに安堵した声音になった。


「助かる」


「カウントダウンして、同時に矢を止めましょう」


「分かった。スリーからいくぞ」


 ここは両者の呼吸を完全に合わせなければならない場面だ。ラグネとガセールは大声で数え始めた。


「スリー」


 もしどちらかがタイミングを誤れば、片方は完全に消滅してしまう。みぞおちを汗が伝った。


「ツー」


 もし冥王が自分を(たばか)ったなら。黒い矢を止める気がなかったら。僕は、僕は……


「ワン」


 ええい、ままよ。心臓の鼓動を全身で感じながら、ラグネは最後の言葉を口にした。


「ゼロ!」


 マジック・ミサイルを停止させ、思わず目をつぶる。消滅の恐怖の津波が、ラグネをさらった。


……恐る恐る目を開ける。目の前には無傷のガセールがいた。ラグネ自身も、戦闘中に失った右腕以外、消された箇所はどこにもない。


 冥王は約束を(たが)えなかったのだ。


 彼は大音じょうで叫んだ。


「余の部下たちよ! ラグネの仲間たちよ! 戦いは終わった! 双方引くのだ! それが余とラグネの本意である!」


 周りで戦闘を続けていたものたちが、いっせいに硬直する。「終わった?」と、最初は意味が分からなかったらしい。


 ラグネと冥王が撃ち合いをやめ、そろって翼を広げて第二城壁の外へ降りる。それを見て、本当に「戦いが終わった」と実感できたらしい。ボロボロの戦士たちは、その場に着地してへたり込んだ。


 タリアが叫ぶ。


「ラグネ、こっちよこっち!」


「コロコさんっ!」


 脇腹を深く刺されたコロコは、顔は青白く唇は紫色だった。短剣はすでに消えている。ラグネは自身の右腕の出血も気にならないぐらいに彼女を思い、すぐに僧侶の呪文を唱え始めた。


「『回復』の魔法!」


 コロコの傷口がふさがっていく。やがて完全に見えなくなると、彼女は閉じていた目をうっすらと開いた。


「ラグネ……?」


「僕です、コロコさん。ラグネです!」


「ラグネ!!」


 コロコはラグネの胸にしがみつき、たちまち号泣する。


 他方、ガセールは両足を失ったリューテに手をかざした。すぐに新しい足が生えてくる。それまで朦朧(もうろう)としていた少年は、急にしゃっきりした。


「ああ、痛かった……。あれ、冥王さま。ラグネ。……え? 戦いは?」


「終わったのだ。もう誰も傷つけてはならぬ」


 ラグネと冥王のもとに、ほかの戦士たちが集まってくる。デモント、ケゲンシー、ニンテン。トゥーホ、ケロット、ジャイア、ツーン。彼らもラグネとガセールの治療で、全快まで回復した。


 ラグネは右腕を失ったままだ。僧侶や賢者の治癒魔法は、唱える本人にはかけられないのである。苦痛をこらえるラグネの姿に、コロコは第二城壁の奥や天守閣にいるであろう僧侶を捜しにいこうとした。


「待った、コロコくん」


 手を挙げて制したのは傀儡子ニンテンだ。


「わしはラグネくん同様、『神の聖騎士』になった。ならば僧侶の素質も同時に開花したに違いない。わしがラグネくんを治してみせよう」


「ホントに!? お願いします!」


「どれ……。まじないは頭に浮かんでくるんだ。これをうまく唱えればいいんだよな」


 ニンテンは呪文を詠唱した。そして「『回復』の魔法!」と締めて、ラグネの右肩に手をかざす。


 見事、傷口から新しい腕が伸びてきた。ラグネはようやく激痛から解放され、ほっと息を吐く。


「ありがとうございます、ニンテンさん!」


「なんのなんの」


 そして、改めて両陣営が対峙した。どちらも不満げだ。冥王の側は殺し足りないし、ラグネの側は住民たちをすべて守りきれなかった。何より、完全な勝利をつかむことなく引き分けることは、事態の先延ばしにしかならないと分かりきっている。


 それでもラグネ個人にとっては満足だった。コロコを無事に奪還できたのだ。これ以上嬉しいことはなかった。


 冥王ガセールはラグネを指差す。その両目には不満とも納得とも取れぬ色がうごめいていた。


「次に会うときはお前たちを皆殺しにしてやる。覚悟しておくのだな」


「あなた方がこれからも人間虐殺に動くのなら、僕らはまた会うことになるでしょう。せめてこの引き分けで改心してください」


 ラグネの本音だ。冥王はくすりともせず背中を向けた。


「ではいくぞ、お前ら」


「ははぁっ!」


 6人は銀の羽を広げて、次々と南方向へ飛び立っていく。ガセールがスライムたちに「好きに動け」と呼びかけた。するとそれまで控えていた液体生物たちが、再び人間捕食へと動き始める。


 ラグネとコロコ、ニンテン、デモントとケゲンシーは、スライム撲滅に取りかかった。




 天守閣に怯え隠れていたエイドポーン国王は、危難が去ったと見るや、ラグネたちの立つ城壁の上の歩廊に姿を現した。


「どうやら冥王とかいうやつは逃げていったようだな。これも僕のカリスマ性のなせる(わざ)か……」


 ケゲンシーに近づき、そっとその肩に腕を回す。


「久しぶりだなケゲンシー。お前の功績を(たた)え、僕の(めかけ)にしてやろう。まさか断らないよな?」


 ケゲンシーは思い切り辛らつに述べた。


「ガセールがすぐにでも戻ってくる可能性があります。真っ先に狙われるのはエイドポーン王なので、天守閣に避難していてください」


 エイドポーンは急いで逃げ戻った。

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