0181激突07(2036字)
「やっぱりいいなぁ、コロコは。……どうせ俺のものにならないなら、一緒に死のう」
そうとは知らないラグネは、ガセールと魔法の矢をぶつけ合う。もうちょっとでも押されたら負ける、と覚悟しての戦いだった。
冥王は冷笑する。余裕があった。
「お前のような心の強い人間は初めてだ。どうだ、余に仕えぬか。ともに力を合わせて、この世界の人間を絶滅させようではないか」
ラグネは即座に断る。
「嫌です! あなたはおかしい。なんでそこまで人間を恨むのですか?」
ガセールは問いかけに答えず、以後は黙々と黒い矢の波濤を撃ち出し続けた。
それと平行して、冥界の巨漢ケロットは悪魔騎士デモントを挑発している。ハンマーの上に気を失ったケゲンシーを乗せたまま言った。
「ほれほれ、この女を殺されたくなかったら、お前の命を差し出すがいい」
「ケゲンシー……!」
冥界の派手女ツーンは、いったん鞭を止める。
「ケロット、こいつはあたしの獲物なんだけど」
「固いこと言うなよ。左腕を削られてムカムカしてるんだからな、こっちは……。さあどうする、槍の男!」
デモントは両肩を深くうがたれて、赤い血を流し続けていた。ツーンの鞭攻撃でその傷は広がっている。その上ケゲンシーを人質に取られて、状況はこれ以上ないほど悪化していた。
ちくしょう、ここまでか。諦観が頭をよぎる。
だが、そのときだった。
「『火炎』の魔法!」
大男ケロットの顔面にほむらが走る。ケゲンシーだった。『魔法防御』の魔法でケロットの身は守られている。しかしその結界内からの魔法攻撃に対しては、まるで無防備だったのだ。
「ぎゃああ、あちいっ!」
右眼球を失ったケロットは、ケゲンシーを振り捨てた。これを好機と見たデモントは、すかさず三叉戟を発生させ、ケロットの胴体へと全力で投じる。的は大きい、外しはしない――
しかし、それは思わぬ横槍で失敗した。冥界の侍ジャイアが、刀身を失った柄をぶん投げ、槍へと命中させたからだ。三叉戟は軌道をそらされ、むなしく無人の宙を飛んでいく。
「この野郎……!」
激怒したデモントがジャイアを見下ろした。そこに隙が生まれる。左腕と右眼球を喪失したケロットが急接近し、片腕でハンマーを振り抜いた。
「わっ!」
デモントは上昇してかわそうとしたが叶わず、右足首を粉砕されて虚空を回転し、歩廊の上に激突する。
「うぐぐ……っ!」
それでも死なずに済んだのは、ケロットが隻腕だったからだ。もし両腕を使った通常の攻撃なら、デモントはまったくよけられずに全身を潰されていたに違いない。
ツーンが鞭を発生させ、デモントの首に巻きつけた。
「とどめはあたしが刺してあげるわ。こんな美人に命を奪われるなんて、すごい名誉なことだと思わない?」
ツーンはデモントを背負い投げの要領で、逆方向へぶん投げる。細腕からは想像もつかない怪力だった。このまま建物に激突させ、全身の骨という骨を残さず粉砕する気だ。
「『風刃』の魔法!」
だが、それはケゲンシーがさせなかった。彼女はツーンの鞭を中央で切り裂く。『魔法防御』の魔法も、結界外までは及ばなかった。
デモントは羽をばたつかせ、壁への衝突を回避する。喉を押し潰すように巻きついていた鞭は、結んであるわけではなかったので、すぐにほどけた。
「はぁはぁ……危ねえ……」
デモントは二、三度咳をする。
いっぽうケゲンシーは、東洋風剣士のジャイアに脇差で斬りかかられた。
「女っ! おとなしく拙者の剣の糧となれ!」
「冗談じゃないわ!」
『神の聖騎士』傀儡子ニンテンは、ツーンを左腕で削ろうとする。しかし威力は右腕のそれより圧倒的に劣り、ツーンのドレスを無駄に破いただけだった。
「何するのよこのエロじじい! 変態!」
ツーンはニンテンを鞭で殴打する。ニンテンは激痛に墜落寸前となった。
そのときだ。悪魔騎士で『影渡り』のタリアが悲痛に叫んだ。
「リューテとコロコが深手を負って死にかけてるよ! 早く回復させないと取り返しがつかなくなっちゃう!!」
その声は、マジック・ミサイルを互角に撃ち合う両者の耳にも届いた。
ラグネはあと一歩押されればガセールに負ける、というところまできていた。だが、このタリアの叫びを耳にしたらしい冥王は、こちらへ呼びかけてくる。
「ラグネ、聞け。余にとって部下は宝だ。貴様もコロコを失いたくはなかろう。ここは痛み分けで両者引き分けということにしないか?」
意外な提案だった。ラグネは光の矢をフル回転させながら迷う。果たしてこの台詞を、ひいてはガセールを、全面的に信用してよいものかどうか。
だがコロコが深手を負って死にかけている、との知らせは、その判断を一方向へ大きく傾けた。ラグネにとってコロコを殺されるのは、人類滅亡より恐ろしい事態だ。
少し大げさだが、これは人類と冥王との滅ぼし合いだ。戦争といっていい。そして負けたほうは、文字どおりこの世界から抹殺される。その大事な分岐点となるこの緒戦を、ラグネは個人の独断でやめようとしているのだ。我ながらあまりにも無責任な気がした。




