0018ラグネの過去06(2107字)
「はーいやめやめ! 勝負はここまで!」
鎧武者と仮面の男の間にコロコが割って入った。輪になって観戦していた野次馬たちが、一斉にブーイングを起こす。見世物を邪魔してくれるな、といいたげであった。賭けをやっていた人々は、特に。
「いったい何で戦っていたんですか? そこの仮面の人」
仮面の男は短槍を立てて仁王立ちする。
「そこの武器屋の商品である篭手を、どちらが買うかでもめてね。なら勝負して勝ったほうが手に入れられるとなって、俺は自分自身で、彼は召喚した魔物で、それぞれ戦っていたんだ」
なかなかのハスキーボイスである。武器屋の老店主が大声で割り込んできた。
「わしはやめろって言ったんだけどね。わしは悪くないから!」
それがはっきりしておきたい事項らしい。コロコは両手を腰に当てて大きく息を吐いた。そして、キッとボンボをにらみつける。
「ボンボ、篭手ごときで他人と争わないで。それは仮面の人に渡しなさい」
「でも……」
「いいから! 何か不満でもあるの!?」
ボンボはその童顔をうつむかせる。しぼり出すように言葉をもらした。
「おいらはコロコに、新品の篭手を使ってほしくて買いたかったんだ。素手で壊せない、たとえば鉄でできた扉とかも、篭手があれば壊せるだろうし……」
「ボンボ……」
ボンボがコロコのためを思って戦っていた。その事実はコロコの胸をほだして、二の句をためらわせたようだ。しかし、それでも彼女は叱った。
「いいや、駄目よ。気持ちは嬉しいけど、他人と戦うのは駄目」
ボンボは仕方なしに、魔法陣が描かれた布のなかに鎧武者を戻す。コロコは篭手を手に取って、仮面の男に差し出した。
「……仮面の人。これは譲ります。どうぞお買いください」
仮面の男が受け取って、何か言おうとしたときだった。
「どくんだ、お前ら! 勇者ファーミさまの前だぞ! 控えよ!」
戦士コダインの露払いで、あの勇者ファーミが馬に乗って現れたのだ。超有名人の登場に、市場はわっと盛り上がった。
その剣山のような赤い髪を揺らし、余裕と優越感に満ちた狐目で周囲を見下ろす。その目がラグネにとまったとき、彼の顔は一瞬引きつった。
「ひ、久しぶりだなラグネ」
「お久しぶりです」
ファーミは気を取り直すように、声を高々と張り上げた。
「市場を乱すとは――特に、愚かにもそのど真んなかで決闘するなどとは言語道断。ふたりはしかるべき罰を受けねばならないだろう。ここはその民衆感情を代弁し、自分が直接成敗してくれる」
その腰から、『斬れないものはない』といわれる――この前のソダン戦で覆されたが――『勇者の剣』が抜かれた。
勇者の称号を得ているだけあって、ファーミは強い。魔人ソダンが強すぎただけで、まともにファーミと斬り結べるのは、それこそ戦士スカッシャーのような猛者だけだろう。
「覚悟しろ、魔物使い、仮面!」
コロコが仮面の男とボンボを守るように、ファーミの前に立ちはだかった。その目に怒りが燃えている。
「冗談じゃない! ふたりは殺させないわ!」
勇者の腰ぎんちゃくのコダインがしゃしゃり出てきた。
「ふん、お前は俺が相手してやる。俺の剣もたまには女の血を吸いたいだろうからな」
まるで過去に女を斬ったことがあるような台詞だ。
「待ってください」
ラグネがコロコたちをかばうべく最前面に立つ。急にファーミとコダインの威勢がくじかれた。
「な、何だラグネ。この勇者さまに盾突く気か?」
「おいラグネ。お、お前は引っ込んでいろよ。な?」
ラグネは怒っていた。この勇者とその連れに。彼らが魔人ソダンの迷宮で繰り広げた最低の行為が、頭のなかにぶり返す。この人たちは、いつもいつも……!
出ろ、光球。出ろ、出ろ、出ろ……!
背中がやや熱くなる。市場の見物人や野次馬たちが、わっと沸いた。ラグネの背中に寄り添うように、あの光球が出現したためだ。
ラグネは目の前のふたりを、できるかぎり低い声で脅した。
「ファーミさん、コダインさん。大人しく引いてくれるなら、あなた方を撃つつもりはありません。でも、もし僕の仲間たちに危害を加えようというのなら……」
言い終える前に、勇者たちは走り去っていった。それこそ一陣の風のように。逃走、という表現がこれほど適切な行動もない。勇者を快く思わない人々もいたのか、彼らはファーミたちの逃げっぷりにげらげら笑い、拍手喝采を送っていた。
ラグネは光球を消した。いつの間にか、自分の意志で操れるようになっていた。コロコが欣喜雀躍する。
「すごいね、ラグネ! これでもう問題なしだよ!」
コロコさんに喜ばれると、何だかとても嬉しい。ラグネは照れて笑った。
仮面の男は篭手をありがたそうに購入した。ボンボに頭を下げる。
「いろいろとすまなかった。感謝する。きみたちとはまた会えるような気がするよ」
そして結局素顔を見せぬまま、市場から歩み去っていった。コロコがボンボの肩を叩く。
「さっきはごめんね、強くなじっちゃって。ボンボの気持ちは嬉しかった。ありがとう」
「いや、おいらもやり過ぎた。以後は気をつける」
そのときだった。コロコ、ボンボ、ラグネのお腹が同時に鳴ったのだ。
「少し遅くなったけど、昼食にしよっか。パーッと食べようよ。ね、ボンボ、ラグネ!」