0177激突03(2007字)
「コロコくんを人質に取っているようだが、ひどい目に遭わせてはいないだろうな」
冥王は苦笑する。
「これから死ぬ貴様が心配する必要はないな。……もう聞くことはない」
その背中に樽ひとつ分の大きさの黒球が浮かび上がった。
「死ね」
黒い『マジック・ミサイル』が一発だけ放たれる。
「何のっ!」
ニンテンはエイドポーン国王に抱きついて、自ら城壁の奥へと身を投げた。黒き矢はその動きについていけず、歩廊を砕くに終わる。
ニンテンはもちろん羽を広げて滑空し、慌てて隙間を空ける人々の間に着地した。そして国王を放り出すと、不用意に近づいてきた敵の大男に腕を振るう。
「それは効かねえって分からねえかなぁ、じいさん!」
彼はニンテンの一撃をまたもやハンマーで打ち返した。第二城壁内に逃げ込んでいたぎゅうぎゅう詰めの人々は、弾き返された一撃をもらって一部が消滅する。
「ぎゃああっ!」
「た、助けて……!」
「殺されちまうっ!」
市民たちは彼らの死傷にパニックを起こした。その大騒ぎのなか、ニンテンはまた打ち返されるかと思うと、もう削減の腕を振ることはできない。
ガセールが歩廊の上から見下ろした。
「ニンテン、余は貴様が嫌いではない。だがルバマだけ逝くのも不公平だろう。それに『神の聖騎士』として敵対する以上、生かしておくわけにはいかないな」
黒い矢の怒涛がその背中から飛び出す。ニンテンはまがまがしき死神の鎌を連想し、自身の死を覚悟した。
だが、そのときだ。
「むっ!?」
横から無数の光の矢が殺到し、すべての黒い矢を撃ち落とした。まさに一瞬の出来事だ。巨漢のケロットにも数発向けられたが、それは彼のハンマーで弾き返される。
「ガセール!!」
強い憎悪と憤激で冥王の前に現れたのは、3人の男女。すなわちデモント、ケゲンシー、そしてデモントの背中に乗ったラグネだった。
「ラグネ!」
コロコがラグネの健在にむせび泣く。彼女にしてみれば、あのロプシア王都における消滅で、9割がた死んでしまったと思われていた相手なのだ。
「ラグネ……! 本当に、生きて……!」
「コロコさんっ!」
ラグネは涙腺がゆるむのを我慢した。再会できたとはいえ、コロコは敵の女に捕まっている。早く取り戻すためには、一瞬でも早く敵を倒さねばならなかった。そのためにも、今は感傷的になっている場合ではない。
ラグネは第二城壁の上に降り立ち、冥王と対峙した。スライムたちはガセールを恐れているのか、城壁内にまったく入ってこなくなっている。
「ラグネくん! 無事だったか!」
ニンテンが金色の翼で舞い上がり、ここに4対6の状況が作られた。もっともコロコを抱えているツーンは、戦力として数えられないだろうが……
冥界の若者リューテが、生きていたラグネに憎しみの目を向けた。その殺気たるや凄まじい。
「今度こそ殺してやる。そうすればコロコは俺のものだ」
ラグネはそれを無視し、ガセールに当然の要求をした。
「コロコさんを渡してください、ガセールさん。そしてこの場から立ち去ってください。お願いします」
冥王は一笑に付す。口の端を吊り上げた。
「コロコを殺されたくなかったら一切抵抗するな。黙って余らに殺されるがいい」
人質を取っているものらしい、これまた当然の要求だ。
しかし、これについてはデモントとすでに打ち合わせ済みの作戦があった。ラグネとアイコンタクトしたデモントが、三叉戟を右手に発生させる。
ガセールが表情を険しくした。
「何の真似だ悪魔騎士。抵抗するな、という言葉を理解できなかったのか?」
しかしデモントは取り合わない。
「おい女、お前もコロコを傷つけたくなかったら、ちゃんとよけろよ」
デモントがゆっくりと、槍をツーンの上を通過する軌道で投じた。誰が見ても分かるほどの間隔を空けて、三叉戟は無駄に飛んでいく。
ツーンが嘲笑した。
「どこを狙ってるのよ、このおじさん」
「お兄さんと言え」
次の瞬間だ。
「でやっ!」
ツーンの体の影からタリアが飛び出し、コロコを奪い取っていた。羽を広げて近くの民家の屋根に着地する。
そう、城壁の影からデモントの影へ、そこからさらに三叉戟の影、最後にツーンの影と伝って、タリアは見事にコロコを救出したわけだ。
作戦はうまくいき、人質はいなくなった。となれば、ラグネは制限なく行動できる。
「『マジック・ミサイル・ランチャー』!」
ラグネの背部で光球が輝き、光の矢をいっせいに放射する。だがガセールもまた、黒い矢を射出してきた。光の束と影の塊が、両者のちょうど真ん中の位置でぶつかり合う。
「くっ……!」
「ぬうぅ……っ!」
実力は完全に互角だった。それぞれ一本の矢も譲らず空中で激突させる。そう、一本の矢も、だ。一瞬でも気を散らせばやられる――その緊張感はどちらも初めて味わうものだったろう。ラグネは脂汗を額に浮かべながら、この消耗戦に全身全霊を傾けた。
そして、お互いの大将同士の衝突で生じた隙を狙い、ほかのメンバーが一度に動き出す――




