0175激突01(1939字)
(29)激突
夜が明けた。熟睡していたガセールだったが、まぶたの裏まで差し込む朝日に無理やり叩き起こされたようだ。先に起きていたコロコは、鞭使いの派手女・ツーンの助けで顔を洗っていた。
「よく眠れたか、コロコ」
「両腕縛られてて眠れるわけもないよ」
冥王は別に笑うこともなく、川の水で洗顔する。その男らしい風貌からは、昨日コロコを襲おうとした下種な性分は見られなかった。
「コロコ、飯の時間だ。ツーン、ふたり分の朝食を用意してくれ」
「かしこまりました」
青い肌が居並ぶなかで、ガセールとコロコだけが普通の肌色だ。
見た目17歳のリューテが、焚き火で魚をあぶっている。川から戻ってきた冥王に頭を下げた。そしてコロコに花が咲いたような笑顔を見せる。
「なあコロコ、お前の男が生きててよかったな」
冷酷で残忍な人柄だと思っていただけに、この言いようだ。コロコは戸惑った。
「う、うん。ありがとう」
リューテはしかし、すぐにコロコの芯を凍りつかせる。
「さすがのお前も、目の前でラグネとやらを八つ裂きにされれば、きっと俺に惚れてくれるだろうよ」
木の根に座っていた侍のジャイアが、刀の手入れを済ませて鞘に納めた。
「ふふ……刃こぼれひとつない。さすがは拙者の剛剣でござる」
大柄なケロットが、その巨躯であぐらをかいてぼやく。愛用のハンマーは肌身離さず持っていた。
「なあトゥーホ、その本面白いか?」
学者肌でサングラスのトゥーホが「まあまあですね」と答える。
「人間の世界の様子を探るには、やっぱり本が必要ですね。何事も勉強です」
鞭使いのツーンがかいがいしく、ガセールとコロコに対し、パンと酒、それから果物と木の実を差し出した。
「どうぞお召し上がりになってください」
ガセールは感謝の言葉など口にせず、黙々と食べ始める。コロコはツーンに食べさせてもらった。リューテができ上がったばかりの焼き魚を冥王に献上する。できの悪いものはコロコにあてた。
食事を取っているのはガセールとコロコだけだ。リューテが魚を焼いたのも、自分用ではなかったらしい。コロコは冥王に質問する。
「何でガセールは肌が青くないの? 何でほかの人と違って、睡眠や食事や水が必要なの? よく分からないんだけど」
「それは余がもともとは人間界の住人だったからだ」
コロコは仰天して、ガセールの横顔に視線を集中させた。
「人間だったの!? 冥界の生き物ではなくて?」
「余は『漆黒の天使』によって祝福された『特別な悪魔騎士』だ。異世界転移により冥界で第二の生を始めた。冥王として君臨するのに1000年を要したが、この人間界は数年で支配してみせる」
食事が終わると、再び空の旅に戻った。
やがて荘厳な城をいただく大きな街が見えてきた。コルシーン国・王城城下町だ。眼下を流れるスライムたちが、城壁の上で魔法を駆使する魔法使いの集団によって食い止められている。
ガセールが失笑した。
「小癪なやつらだ」
ガセールが『魔法防御』の魔法を、自分とコロコを含む7人全員にかけた。
「さあ皆殺しの時間だ。ラアラの街とは違い、今度は余も積極的に殺すとするかな」
大男のケロットが哄笑する。いかにも上機嫌だ。
「冥王さま、せめてわしらの分は残しておいてくださいよ!」
コロコは涙ぐむ。またあの惨劇が繰り返されるのか。自分は誰も助けられずに……
鞭女のツーンが何かに気づいたかのように前方を指差した。
「この城下町、第二の城壁がありますわ」
コロコは本当かと目を凝らす。確かに街と城との間にもうひとつ、丈高い囲壁がこしらえてあった。そして、その上の歩廊には――
傀儡子ニンテンの姿があった。
「ニンテンさん!」
思わずコロコは叫び、しまったと口をつぐむ。だが表に出してしまった言葉は取り返しがつかなかった。
「ほう。知り合いか、コロコ」
冥王ガセールが面白そうに彼女を見た。
ニンテンはこの第二城壁の防御を、国王エイドポーンじきじきに任されている。役に立つと思ったら、報酬はケチりつつその人物を使い倒すエイドポーンだ。ニンテンは第一城壁を突破してきたスライムたちを迎撃する役目を仰せつかっていた。
時間の経過とともに、第一城壁の魔法使いが過労で倒れることが多くなってきたので、ニンテンの責任は重大さを増した。彼の『神の聖騎士』としての能力――『空間を削り取る』その異能――は、スライム退治に役立つ貴重なものだ。
何せスライムの核を狙わずとも、体の中心ごと削り取ってしまえば、それで倒せるのだ。第一城壁を突破する液体生物たちは、時を経るにつれて増していく。だがニンテンの活躍で、それらは第二城壁の内側にこもった民衆にまでは届かず、彼に滅ぼされるのだった。
「頑張れ、ニンテン! 百年の歴史を持つこのコルシーン国王城を守れるのはお前しかいないのだ!」




