0174冥王への疑問03(2206字)
「ラグネ! デモント! ケゲンシー! あと……知らない子供!」
『怪力戦士』ゴル、『魔法剣士』ヨコラ、賢者チャム、『疾風剣士』クローゴらが、僧侶たちとともにこちらに気がついた。「知らない子供」というのはタリアのことだ。
ラグネは武闘会場も死屍累々の惨状であることに、奥歯が砕けそうなほどの辛さを覚えた。そのなかで、顔見知りである3人と生きて再会できたのは、ひとまず僥倖というべきなのかもしれない。
たいまつの明かりを目印に、彼らの前に着地する。
「みなさん、冥王ガセール一行にやられたんですね?」
「そうだ。我もヨコラもクローゴも必死に戦ったが、かなわなかった。『高等忍者』シゴン、『無想流の使い手』サンヨウにいたっては、むごくも殺されてしまった……」
ゴルが無念そうにつぶやき、うなだれた。ヨコラが「あんたのせいじゃないよ」と、うつむく恋人の肩を撫でる。ケゲンシーが死体の山を眺めた。
「ひょっとして、生きているものに回復魔法をかけて回っていたんですか?」
チャムが涙声でローブの胸元を押さえる。
「はい……。でも、ほとんどが亡くなってしまった後で……。完全に命を絶たれたものは、もう魔法でも治せないですから……」
僧侶たちが遠くでランタンを掲げながら大声を出した。
「こっちはもう生き残りはいませんでした」
「こっちもです」
「ここもです……」
美男子クローゴが自分の腰を両手で挟む。闇夜だけあって、空を飛んできたラグネたち4人が、冥王たちかと勘違いしていたのだ。それで臨戦態勢を取っていたのだが、そうではないと分かって溜め息をついた。
「後はもう、死体は燃やすしかなさそうだね。残念だよ」
地獄絵図のなか、彼は泰然自若としている。潜り抜けてきた修羅場が違うようだ。最年少のタリアが不快感から嘔吐しているのとは真逆だった。
それにしても、とラグネは思う。ゴルたちは冥王ガセールにやられたといった。ならばコロコが生きているかどうか――ガセールたちが人質として連行しているかどうかも、知っているに違いない。
喉から手が出るほど尋ねたかった。だがもし、冥王がコロコを連れてきていなかったとなれば――コロコの生存確率はほぼゼロになる。何せロプシア王都に続いて、このラアラの街の惨状だ。すでに殺されてしまった蓋然性は限りなく高い。
聞かないほうがいい。ラグネはこの後の冥王たちとの戦いに向けて、自分の意気をくじくような真似は避けておくべきだろう、と結論付けた。
デモントがヨコラたちに断りを入れる。
「悪いがお前らの手伝いはできねえ。俺さまたちは冥王どもを殺すために南下してきたんだ。これだけたくさんの死体をどう処理するかとか、問題は山積みだろう。けど、ここで時間を食うわけにはいかないんだ。分かってくれよな」
「それは仕方ない。ただ、冥王一行には気をつけろよ。半端じゃない強さだからな」
ああそうそう、とヨコラが続けた。
「コロコが鞭みたいなものでぐるぐる巻きにされて連行されていたぜ。人質ってやつかな」
いきなり欲しかった情報が聴覚に入り込んできて、ラグネは泡を食う。生きてる? コロコさんが……!
「その話は本当ですか、ヨコラさん!」
ラグネは勢いよく前傾姿勢になった。ヨコラが少しびっくりしながらも返事をする。
「ああ。冥王たち6人に捕らわれてたぞ。ここから南へ去るときも、派手な女に抱えられて連れていかれた」
コロコさん……! ラグネは安堵しすぎて、その場にへたりこみそうになった。
ケゲンシーがチャムに尋ねている。実に不思議だ、といいたげに。
「なぜ冥王たちは、このラアラの街の城壁を破壊しなかったのでしょうか? そうすればスライムたちが大挙押し寄せてきて、あっという間に市民をたいらげたでしょうに」
二刀流のクローゴが吐き捨てた。
「そんなものは決まっているよ。あいつらはスライムではなく、自分たちの手で人間を殺めたかったみたいだから」
ゴルが首をかしげる。
「でもそれじゃあ、何で我らを生かして去っていったのだ? 人間という人間を殺害したかったんだろ、あいつらは」
確かに不思議だ。ラグネはヨコラに問いかける。
「冥王はここを立ち去る前に何か言ってませんでしたか?」
ヨコラは左の平手を右拳で叩いた。
「そういえばこんなやり取りがあったな。あたしが追いつめられて、『お前らに心臓が止まるまで抵抗するのが、冒険者としての――いや、人間としての――矜持だ』と言ったんだ。そうしたらガセールは、『その言葉、よし』ってうなずいて、仲間ともどもその場を飛び去っていった……」
「『その言葉、よし』ですか」
この話を聞いてみると、どうも冥王ガセールはヨコラの屈しない勇気にほだされたようにみえる。冥王にも人間らしさがあるということか。
――だがもちろん、ラアラの街をほぼ壊滅まで追い込んだ事実は、決して許されはしない。
彼らは次の虐殺先にコルシーン国・王城城下町を選ぶだろう。もたもたしている時間はない。
「ともかく出発しましょう! デモントさん、ケゲンシーさん、タリアさん!」
「よっしゃ!」
「行きましょう!」
「このタリアに任せてよね!」
ヨコラが微笑した。
「必ず戻ってこいよ、お前ら」
「はい!」
ラグネたちは再び、タリアの『影渡り』で影のなかに潜った。そしてそのまま城外へ出て、スライムたちの陰影へと伝っていく。
ラグネはコロコが生きている、という事実で胸がいっぱいだった。必ず助け出してみせる。待ってて、コロコさん……!




