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0173冥王への疑問02(2299字)

 ラグネは瞠目(どうもく)した。この皇帝のふところの広さに驚いたのだ。


「しかし……よろしいのですか?」


「何せ敵は冥王だ。相手が相手だからな」


 気は引けるが、ここは甘えることにしよう。ラグネは深々と頭を下げた。


「それではお願いいたします」




 その後、ラグネはタリア、デモント、ケゲンシーらとともに、帝城の僧侶に回復魔法をかけてもらう。心身がリフレッシュされた。城の中庭での、出発の準備というやつだ。天は雲が流れ去り、気分のいい夜空となっていた。


「しかしホントに俺さまたちがいなくなっても大丈夫なのか? ちゃんと残りのスライムたちから防衛できるんだろうな?」


 いぶかるデモントに、ザーブラ皇帝が笑って答える。


「そう思うなら、冥王たちをさっさと倒して、この城に戻ってこい」


 タリアがきらきらした瞳でイヒコ王に挨拶(あいさつ)した。そういえば彼女は「イヒコ王が恋人だったら嬉しいのに」とのたまってたっけ。


「イヒコ陛下、私が戻ってきたらお嫁さんにしてくださいね」


「ははは、考えておくよ」


 イヒコ王は37歳の既婚者であり、11歳のタリアの口説(くぜつ)など眼中になかった。それゆえ適当にあしらう。少しむくれるタリアだった。


 ケゲンシーが腕を組んで少し考え込む。


「スライムたちはもうこれ以上増えないと分かっていますから、帝城の安全は大丈夫だろうとは思いますけど……。タリアの『影渡り』もまたやりにくくなるんじゃないですか? 渡るべき影が、スライムの減少で少なくなるんですから」


「ああ、それなら大丈夫だよ。私もラグネがそうだったみたいに、だんだん自分の術を使いこなせるようになってきてるから。日光や月光さえあれば、森林とか余裕で進めるし」


 タリアの自信満々な態度にケゲンシーも頬がゆるんだ。


「そうなんですか! じゃあお願いしますね。何しろ先行する冥王たちに追いつかなければなりませんからね」


 空を飛行すればスライムたちの腕にとらえられることもあるが、『影渡り』ならその心配もなく、また飛翔するより速く移動できる。タリアの能力は貴重だった。


 ラグネは魔法使いたち――西の城壁の上で黒い液体生物たちを排除し続けている――を見やる。何とか彼らに頑張ってもらうしかなかった。


「じゃあ行きましょう」


 ラグネはしゃがみ、仁王立ちするタリアの左足首をつかんだ。ケゲンシーは右足首、デモントは左手をつかむ。タリアがイヒコの影に目を向けたかと思うと、次の瞬間、ラグネたちは漆黒の空間に沈んでいた。


「よし、歩くぞ」


 イヒコの声と靴音が聞こえる。彼は移動しているようだ。やがてタリアが「うん、いいよイヒコ陛下」と述べる。靴音が止まった。


「西の城門塔から回り込んで、西の城壁の影、それからスライムたちの影に忍び込むね。じゃあね、イヒコ陛下!」


「頼んだぞ、タリア、ラグネ、デモント、ケゲンシー!」


 こうしてラグネたちは再び始動した。




 東へ向かうスライムの流れに逆行し、西へ、できれば南西へと彼らの影を伝っていく。その途中、ラグネは何回かニンテンと通信して、冥王がコルシーン国・王城城下町へ来たかどうか確かめようとした。しかしそのたびに、こんな夜中に老人を叩き起こすのはどうだろうと気が引けて、結局やめてしまう。


「スライムが途切れたよ。近くの森林を南下するね」


 とタリアは言うが、この何も見えない状況では彼女に任せっきりにするしかない。ただ、液体生物の海がいよいよ枯渇しはじめたという事実に、ラグネは深く安心した。ザンゼイン大公兼ロプシア帝国皇帝のザーブラは、その城を冥界の生物たちから守り切れそうだ。


 さらに半刻後、タリアがしめしめとばかりに告げる。


「南へ向かうスライムたちに追いついたよ! これからまたあいつらの影に潜るね!」


 ラグネは彼女に要望した。


「『ラアラの街』に冥王一派がいるかもしれません。まずはそちらへ向かってください」


「任せといて」


 なおも進むと、タリアが大声を出す。感心した、といいたげに。


「へーっ、ラアラの街の城壁はしっかりしてるんだね。隙間を完全に埋めてあるみたい。スライムたちがなかへ入れなくて囲壁にたかってる」


 ケゲンシーはその(しら)せに疑問符を投げかけた。


「城壁の上から魔法使いたちがスライムを攻撃している、という光景はないんですか?」


「ひとりもいないよ」


 デモントが悔しげに舌打ちする。


「これはすでにやられているか……。タリア、城内へ移動してくれ」


「はーい。まずはスライムの影から建物の影へ……そんでこれを伝って、あれを伝って……」


 ラグネの視界が黒一色から青黒いものへと変化して、風とにおいが復活した。ラグネたち4人は、城壁の上の歩廊に立っている。


「こっ、これは……!」


 全員が絶句する。この歩廊にも、月光で照らされる内部にも、死体、死体、死体――死体の山が築かれていたからだ。文字通りの屍山血河(しざんけつが)だった。生存者はひとりたりとて見つからない。


「ひどい……!」


 ラグネは見るものの人生観を根こそぎ変えてしまいそうなその光景に、ただただ目を奪われた。デモントが歯軋りする。


「スライムたちが入ってきた形跡はねえな。てことは、このしかばねの山は、まず間違いなく冥王ガセールたちがやったものだ」


 ここで無残な死を迎えた人々に、いったい何の落ち度があっただろう。老人や女子供まで無慈悲に殺害されているありさまに、この大罪を犯したものの決定的な悪意を感じた。


 ラグネはふと闘技場の存在を思い出した。ひょっとしたらそこへ逃げて助かった人がいるかもしれない。そう考えると、居ても立ってもいられなくなった。


「僕、ちょっとコロシアムを見てきます!」


 翼を広げて宙へと飛び出す。デモントたちが「俺さまたちも行くぞ!」と後についてきた。

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