0172冥王への疑問01(2216字)
(28)冥王への疑問
「この声はラグネくんかね?」
ニンテンは頭のなかに響いたその声が、ラグネのものだと認めた。もっとも、それまでに深呼吸を二度ほど要したが。
「わしはニンテンだ! おお、見えるぞ、そちらの光景が!」
視界の上下が分離したといえばいいか。上はニンテンの今見ている景色で、下はラグネの眼前の情景。それらが互いに干渉することなく視覚を使い分けている。
ニンテンは、ラグネの見ている風景に見覚えのある人物の姿を見て畏れ入った。
「これは、マリキン国国王のイヒコ陛下ではないか! ……ということは、階段上の帝冠をいただくこちらの方は、ロプシア帝国皇帝ザーブラ陛下……!」
「はい、そうです。今僕は、イヒコ陛下、コッテン陛下、そしてザーブラ皇帝陛下に謁見しています」
「こりゃまたすごい話だな。ではラグネくんは、現在ザンゼイン大公領の帝城にいるのか」
「そのとおりです。ニンテンさんはどちらに?」
「エイドポーン陛下のコルシーン国・王城城下町だ。それにしてもこれはとてつもない。こんな遠距離で会話ができるなんて……」
そのとき、ニンテンの娘のターシャと孫のクナンが心配そうに、自分を見つめていることに気がついた。
「お父さん、どうしたの? 誰としゃべってるの?」
「爺じ、変だー」
ニンテンは苦笑する。どうやら目および声をラグネと共有できるのは、この場では自分だけらしかった。ターシャとクナンを落ち着かせるように、極めて優しい声をかける。
「なに、ちょっとしたまじないだ。ターシャはクナンを連れて先に家へ戻っててくれ」
「は、はい。分かりました」
ターシャが少々困惑しながらもうなずき、クナンを抱きかかえて帰宅の途についた。ニンテンはちょっとだけ街路を歩き、誰もいない裏路地に入る。ここなら周りを気にせず存分にラグネと話せそうだった。
ラグネは現状をふたりの王とひとりの皇帝に解説している。ニンテンと遠距離会話している、という現実に、3人ともビックリしていた。
ラグネが懐疑的な声をニンテンの頭蓋骨内に響き渡らせる。
「それにしてもニンテンさん、どうして僕らは急にこんなことができるようになったんでしょう? 今でも信じられませんが……」
ニンテンはそれについて見当をつけていた。
「それは恐らく、わしが『神の聖騎士』の力に目覚めたからだろう……」
驚くラグネに、ニンテンはついさっき起きた出来事を語った。話していて、自分でも信じられない、という感慨が湧く。だが事実なのだ。
ラグネはこの驚嘆すべき物語に、さすがに息すら忘れたかのように聞き入っていた。特にニンテンもラグネ同様、赤い宝石『核』を心臓とした元『生きた人形』であるらしい、という内容には仰天していた。
「……そうだったんですか。でもよかった。ニンテンさん一家が無事で……」
心からの安堵が感じられる。ニンテンはこの少年のこういうところがいいところだ、と考えた。
「ラグネくん、そっちのほうも魔法使いが先頭に立って街を守っているのか?」
「いえ、悪魔騎士のデモントさんとケゲンシーさんが中心になって、魔法使いの皆さんは補佐といった感じです」
そのふたつの不快な名前に、ニンテンは急にいきどおる。
「何でデモントとケゲンシーが人間たちを守ってるんだ!? わしらを三叉戟で庭に縫い付けたような奴らだぞ? わしだけでなく、ターシャはおろか、孫のクナンさえひどい目に遭わせて……!」
ラグネが火山の噴火に慌てて対処した。
「いいえ、違うんですニンテンさん! 悪魔騎士の3人は元に戻ったんです! 性格も肌の色も元通りになって、また頼れる人たちになってくださいました」
ニンテンはラグネの必死な声で、その溶岩を急速冷凍される。
「そうなのか? もう冥王を呼び出す魔法陣を作ったりはしないのか?」
「それについてなんですが……」
ラグネは今度は、冥王ガセールが5人の部下とともにすでに降臨していること、東には来ていないことを話した。そうしながら、ある事実に気がついて身震いする。
「もしも冥王一行が南に進んでいたら――『昇竜祭』武闘大会で有名なラアラの街と、ニンテンさんのいるコルシーン国の王城城下町が危険にさらされます。気をつけてください、ニンテンさん」
「うむ、うむ。まだ差し当たってはスライムだけだが、これに冥王たちが加わるかもしれないのか……。エイドポーン陛下に言上したら、さぞや肝を冷やすだろうな」
ニンテンはそんな皮肉を口にした。そして、とうとう曇天が破れ、雨が降り出したことに気がつく。
「すまんラグネくん、通信はいったん打ち切ろう。このままでは雨に濡れてしまうからな」
「ああ、すみません。ありがとうございました。それでは」
通信するふたりの意思が一致すると終わるのか、視覚も聴覚も元どおりになった。
ラグネは個人の五感に戻ると、さっそくザーブラ皇帝に願い出た。
「すみません陛下。僕はコルシーン国へ、冥王たちの後を追います。タリアさんの『影渡り』の力で……。わがままをお許しください」
三叉戟のデモントと無詠唱魔法のケゲンシー、そしてここの魔法使いたちがいれば、帝城が陥落することはないだろう。ラグネはそう読んだから、このようなやや身勝手なことを言えたのだ。
だが皇帝ザーブラは予想外な言葉を吐いた。
「そう謙虚にするな。スライムの流れはもうすぐ尽きるのだろう? ならば後は魔法使いと僧侶、賢者らの現要員でこと足りる。……ラグネよ、デモントとケゲンシーも助っ人として連れていけ」




