0017ラグネの過去05(2133字)
スカッシャーさんに普段の陽気さが戻っています。僕はそれに、少し涙が出てきました。
「ありがとうございます。僕は、僕は……もうちょっと、冒険者を続けてみたいと思います」
「そうか。それは残念だな」
「あと、これ……」
僕は500万カネーの入った袋を差し出しました。キンクイさんが目をしばたたきます。
「どうしたの? いらないの?」
僕はうつむいたままうなずきました。
「おふたりの結婚祝いに。どうぞ受け取ってください」
「本当にいいの? これだけあれば、しばらく仕事なしでのんびりできると思うけど」
「はい。僕には使い道がありませんから。おふたりに使っていただきたいんです……!」
スカッシャーさんとキンクイさんは、しばらく迷っていたようです。しかし、最後には受け取ってくださいました。
「じゃあ、これはあたしが保管しておく。いつラグネが来ても祝えるようにね」
こうして僕はルモアの街のギルドにひとり残され、また異なるパーティーと組みました。そうして今年、勇者ファーミさんのパーティーに、ギルドマスターのスールドさんのすすめで加入したんです。
で、魔人ソダンの迷宮探索時に、途中で捨てられた……というわけで。
ラグネがつっかえつっかえ話し終わると、コロコは目を輝かせていた。興味を持ったらしい。
「不思議ね。荒野にひとりで立っていたことも、そのとき目の前に横たわっていた白骨死体も、僧侶の資質も、邪炎龍とソダンとホブゴブリンを倒したマジック・ミサイルも。きみは本当に不思議よ、ラグネ」
ラグネがここまで打ち明けたのは、人生で初めてのことである。今までは聞かれても話そうとは思わなかった。それを今回ここまで明け透けにしたのは、やはりまたもや飛び出したマジック・ミサイル・ランチャーという怪異を、誰かと共有したかったからだ。
また、コロコの優しい相槌も、話のテンポを邪魔せず最適なものだった。聞き上手、というやつだ。
ラグネはしゃべりすぎて舌が疲労気味だった。押し黙っていると、コロコがあぐらを崩して立ち上がる。
「行ってみようよ、『アンドの街』に! まだ行ってみたことないのよね?」
「はい」
「ロプシア王国の方角なら、私の故郷である『エヌジーの街』も近いね。ちょっと両親の顔を見ておきたいかも。少し立ち寄らせてよ」
「それはもちろん。でも、いいんですか? 何も手がかりがない、なんてこともあるかと思いますが……」
コロコはどこまでも快活だった。
「そのときはそのときよ。何も手がかりがない、ということが分かるだけでも一歩前進なんだから」
不意にコロコのお腹が鳴った。彼女は恥ずかしかったのか、少し顔を赤らめる。その後、怪訝な表情を作った。
「それにしても、ボンボどうしたんだろ。市場へお昼ご飯買いに行った割には、ちょっと遅くない?」
「そうですね」
ラグネも身を起こす。
そのとき、すれ違う夫婦の話し声が聞こえてくる。市場帰りらしく、たくさんの野菜が入ったかごを背負っていた。
「あの仮面の男と魔物使いの少年の戦い、やっぱり最後まで観ておきたかったなぁ」
「何言ってるのよ、もし巻き込まれたらことだわ。にしても、何で戦ってたのかしら」
ラグネはコロコと顔を見合わせる。ボンボは魔物使いだ。市場にも行っている。無関係とは思えなかった。
「行ってみましょう、市場へ!」
ルモアの街の中央にある市場は、広大かつ人間のるつぼとして知られている。市庁舎、鐘つき堂、参事会館、教会などが隣接し、農家や魚屋、細工売りや服飾店など、さまざまな職種の人間が店を開いている。もちろんボンボが訪れようとしていた飯屋も、焼き立てのパイを売る店もあれば、果物の切ったものを提供するものなどさまざまあった。
その中央の大通りで戦いは行なわれているらしい。らしい、というのは、人だかりができていて、コロコやラグネが背伸びしても先が見渡せなかったからだ。金属音が聞こえるたび、市場が震えるような歓声が湧き起こる。どっちが勝つか賭けに興じている中年たちもいた。
「ちょっとごめんなさいよー」
コロコはラグネの手を引き、人だかりのなかに潜っていく。
「通してください、私の連れかも知れないんです」
人の波をかき分けかき分け、どうにか前へ進んでいった。そうして視界が開けたとき……
「ボンボ!」
ボンボが地面に敷いた布には、もちろん魔方陣が描かれている。そこから召喚したであろう鎧武者が、仮面をつけた男と剣で切り結んでいたのだ。ボンボは声に気づいてコロコたちに振り返り、まずいところを見られたとばかりに狼狽した。
「あの、その、これはだな……」
「言い訳しない!」
「はいっ!」
仮面の男は鎧武者の胴を蹴りつけて距離を取った。ラグネは彼を観察する。
仮面は木製らしく茶色で、鼻と両目にかかり、開いている穴からかろうじて眼と鼻腔がのぞいている。口元は露出しており、顎の肌つやからまだ若いことが看取された。すらりとした体躯に鎖帷子を着込んでいる。緑色の髪の毛を豊富に生やしていた。
その武器である短槍はごく普通の長さだ。よく鍛えられているらしく、刃こぼれはしていないみたいだ。何にせよ、ボンボの鎧武者は餓狼の魔物を一刀でねじ伏せた強さである。その鎧武者を相手に互角に戦うとは、かなりの使い手と見て間違いあるまい。