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0169声02(2047字)

 コロコは腰を跳ね上げて冥王の体を押し上げた。できた隙間から両足をばたつかせて引き抜く。


 そして、そろえた両足でガセールの胸を盛大に蹴りつけた。彼は吹っ飛び、木の幹に叩きつけられる。


「ぐはぁっ……!」


 コロコは横転して起き上がると、森の闇のなかへまろぶように脱走した。とにかく距離を取り、マジック・ミサイルの狙いがつけられない場所まで逃亡しないと。


 そして上半身に、特に右手に巻きついているツーンの鞭を切って、両腕の自由を取り戻すのだ。右拳を握れるように、光弾を放てるようになれば、一気に形勢逆転できる。


 コロコはある程度走ったところで木陰に隠れる。左の胸は壊れそうなほど早鐘を打っていた。24歳ぐらいの男の旺盛な色欲に、感情をかき乱されたという部分もある。


 コロコは息を切らしながら、自分を拘束する鞭を、近くの木の枝にこすり付けて断とうとした。だが、なかなか切れない。角度を変えたり、とがった岩を見つけてそちらを試してみたりしたが、鞭は(ほころ)びひとつ見せなかった。


 そこへリューテの声が響く。怒りに満ちていた。


「おいコロコ、隠れてないで出てこいよ。出てこなければガセールさまが、お前をこの森ごとマジック・ミサイルで消滅させちまうぞ。これは脅しじゃなくて本気だ!」


 コロコは息を潜め、拘束の切断を再び試みる。ガセールに襲われるぐらいなら死んだほうがましだ。もしかしたら天国でラグネやボンボ、ルミエルに会えるかもしれないし――


 そう考えて押し黙ったまま、作業を続行した。だが、どうしてもうまくいかない。


 そのときだった。ガセールの声が響いたのは。酔いが()めたのか、その口調はしっかりしていた。


「コロコ、もう襲わないから戻ってこい。今からリューテが30数える。その間に意思表示しろ。しなければ、この森をまるごと消す」


 コロコは無視し、額に汗を流しながら、一向成果の出ない行為に注力する。


 だが、次の言葉には耳を疑った。ガセールはこう述べたのだ。


「そしてこれは言っていなかったが、おそらくお前の男――ラグネだったか――は死んでいない。ロプシア王都で、余は黒い矢で奴を城壁ごと吹っ飛ばした。だがその瞬間、『マジック・ミサイル』が当たる前に、奴の気配は消えていたのだ。おそらく何らかの方法で逃れたのだろう……」


 コロコはぴたりと止まった。ラグネが生きている!? その可能性を示唆(しさ)する話に、コロコは激しく心を揺さぶられる。


 リューテがカウントを始めた。よく通る声だった。


「1。2。3。4……」


 どうしよう? コロコは悩んだ。ガセールの言うことはまるっきり嘘だという可能性がある。のこのこ出ていって、今度こそ襲われたら目も当てられない。そのときは舌を噛み切って自害するしかないだろう。


 だが、もし本当だったら。もし、ラグネが生きているというなら。


 ここで死ぬのは馬鹿みたいだ――


「21。22。23。24。25……おいコロコ、あと5だぜ。そろそろ出てこないとやばいんじゃないの?」


 リューテがもはやどうでもよさそうにカウントを続けようとした、そのときだった。


「待って」


 コロコは結局鞭を切れぬまま、拘束状態で森のなかから姿を現した。学者肌のトゥーホ、巨漢のケロット、侍のジャイア、派手女のツーンが同時に感嘆する。


 ガセールは木の根に座り込み、鼻に白布を当てて出血を抑えていた。


「ほう、戻ってきたか」


 コロコはガセールに尋ねる。


「さっきの話、本当なの?」


「余は嘘は言わん」


 リューテが地図を取り出し、冥王に意見をうかがった。


「次に人間が集まっているのは、コルシーン国・王城城下町です。ここを目指しますか?」


「うむ、そうだな」


 コロコがぞっとするような、陰惨な笑みをガセールは浮かべた。


「余は嘘は言わん。今度は最後まで徹底的に殺し尽くしてやる」




 ときはさかのぼる。ロプシア王国王都において、ラグネはコロコを人質に取られた。


「これでおしまいだ、ラグネとやら!」


 冥王ガセールが叫び、黒い矢の怒涛(どとう)がラグネのもとへ殺到する。かわしようがない津波だった。


「うわあああっ!」


 ラグネの絶叫と同時に城壁が吹き飛んだ。


――かに見えた。


 だがその直前、まさにぎりぎりのタイミングで、ラグネは足を引っ張られて暗黒のなかに引きずり込まれていたのだ。


「えっ!?」


「私よ、タリアよ」


 光と色のない世界で響くその声は、まさしく悪魔騎士『影渡り』のタリアだ。幼い彼女が助けてくれたのである。


「あ、ありがとうございます」


 ラグネは暗闇のなかで身動きし、彼女の手首をつかんだ。そして百人力を得たとばかりにまくし立てる。


「大変なんです、タリアさん。王都のなかに冥王ガセールがいて、コロコさんを人質に取って好き放題暴れているんです。彼らを野放しにしてはいけません。僕を今すぐ影の外に出してください。何とか彼らを止めてみせます!」


 しかしタリアは、明らかに普通ではないもろい声で答えた。


「駄目よ。コロコを死なせたくないのは私も一緒だけど……不用意な攻撃を仕掛けて逆の結果になったら目も当てられないわ。落ち着いて、ラグネ」

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