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0168声01(2015字)

(27)声




 そこは見晴らしのいい川岸だった。ガセールたちはそこへ降りると、野営の準備に入る。火打石で火を起こし、リューテやトゥーホが近くの森から持ってきた(たきぎ)をくべた。


「冥王さま、本当に野営でよろしいのですか? 適当な村や町を襲って、その家屋を接収するのが得策では……」


「いいのだ、ツーン。余は今、この満天の星空を仰いで酒と飯を食らいたいのだ」


「では、お(しゃく)いたします」


 ツーンはラアラの街の酒場から食糧と酒を持ってきている。ガセールはそれらを食い、飲み、コロコにも勧めた。


「いらない」


 コロコは、あのラアラの闘技場の悲惨な光景がまぶたの裏に焼きついて、どうにも離れてくれない。とても飲み食いできる気分ではなかった。


「なあコロコ」


 リューテがコロコの隣に座る。肩に手を回してきた。


「もうお前の男は死んだんだ。ラグネ……だっけ? そんな終わった過去よりも、これから始まる未来を考えようぜ」


「ラグネ……」


 コロコはロプシア王都で城壁ごと吹っ飛ばされたラグネを思い出した。自然と泣けてくる。


 ラグネ。もう彼がこの世に生きていないと考えると、絶望の波がひたひたと胸に押し寄せてきた。それが破壊しそうになる自我を無理やり保たせるべく、コロコは自分の両膝に顔をうずめる。


「コロコ……なあ、泣くなよ」


 リューテが猫なで声でささやいてきた。


「俺は冥界じゃ名の知られた存在でさ。実力を買われて冥王さまに直接お仕えすることになったんだ。つまり俺はエリート中のエリート! こんないい男、ほかにいないぜ」


「……何人殺したの?」


「へ?」


 コロコは(おもて)を上げて強くなじる。


「ラアラの街の住民を何人殺したかって聞いてるのよ!」


 だがリューテはその感情にまったく感応せず、真面目に数え出した。


「そうだな、10……100……1000……。覚えてないや」


 コロコは呆れて首を振った。


「信じられない……。きみ、どうかしてるよ」


 これもリューテは読み違えた。


「ごめんな、計算は不得意なんだ。今度からはしっかり数えるよ」


「もういい。近づかないで!」


「えっ、俺何か悪いことした?」


 びっくりするリューテから逃れるように、コロコは顔を背けた。その様子にガセールが苦笑する。


「嫌われたな、リューテ」


「ちぇっ、何でなんですかね。人間界の女はよく分かりません」


 リューテはコロコから離れた。その手に短剣を出現させ、くるくると回す。


「面倒くさくなっちゃったな。殺してしまおうか」


 どぎつい台詞を平然と吐いた。コロコは眉間にしわを寄せてリューテを見上げる。


「そのつもりならさっさとそうしたら!?」


 売り言葉に買い言葉だったが、コロコにはもうひとつ狙いがあった。うまく体をずらして短剣を受ければ、怪我はまぬがれないが、同時にこの厄介な拘束の鞭を切れるかもしれない。そうすれば絶命する前に、ガセールへ光弾を一発でも撃ち込めるかもしれない――


「よし、言ったなコロコ。死にやがれ!」


 リューテが短剣を構えて突きかかろうとした。コロコは心臓を爆発寸前まで鼓動させながら、彼の動きを見極めようとする。


 だが、それを制する声が響いた。


「やめろリューテ」


 冥王ガセールだった。リューテはピタリと止まる。


「なぜですか……?」


「コロコはいらないのか?」


「はい。愛想が尽きました」


「ならば余がもらう。いいな?」


「はい」


 リューテは引き下がり、短剣を消す。コロコは彼らの会話にぎょっとしていた。「もらう」って……


 ガセールが立ち上がる。足元がおぼつかないのは酔っ払ったからか。コロコの髪をつかんで強制的に立たせた。


「いっ、痛い! 離して!」


「来い、コロコ」


 そのまま、冥王はコロコを森のなかへと連れていく。ほかの5人は見て見ぬ振りをしていた。




「きゃあっ!」


 コロコは月明かりのなか、ガセールに抱きすくめられた。酒臭い息と、熱い肌。コロコの首に彼の舌が這う。あまりのおぞましさにコロコは身をすくめた。


「いやっ!」


 抵抗しようにも上半身は鞭でぐるぐる巻きにされており、特に光弾を発する右拳は握れないように拘束されている。コロコは逃げようとして足がもつれ、その場に押し倒された。


 冥王は口付けをしようとして回避され、いらだった声を吐きつけた。


「貴様はラアラの街のコロシアムで、余に言ったではないか。『何でもする』と。結果的に余は奴らを見逃してやったのだ。ならば約束を果たすべきだろう」


『結果的に』ガセールは自分の意思で見逃したのであり、コロコのいうことを聞いたわけではない。コロコはめちゃめちゃな言い分に次第に腹が立ってきた。


 ガセールの指がコロコの腰を覆う布に引っかかる。コロコはぶち切れた。


「いい加減に……」


 ガセールの顔面に狙いを定める。


「してっ!」


 武闘家としてのフィジカル面では、拘束さえされていなければ、コロコのほうがはるかに能力があるのだ。勢いよく、コロコは冥王に頭突きを食らわした。


「ぐおっ!」


 ガセールが鼻血を出して上体を起こす。かなりの激痛だったらしい。


「でやっ!」

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