0167ラアラの虐殺06(2095字)
冥王ガセールだ。
部下の派手女ツーンと、彼女の鞭に縛られた『夢幻流武闘家』コロコをともなって、コロシアムに現れたのだ。
コロコはおびただしい死体の山と血の海に慄然とし、そしてヨコラとクローゴの生存に涙を抑え切れなかった。
「逃げて、逃げてふたりとも!」
ガセールたちは地面に降り立ち、羽をしまう。クローゴとヨコラがコロコに気がついた。
「なぜお前がここに……コロコ……!」
「コロコ! おい貴様ら、今度は人質を取ったってのか!? 外道めらが……!」
トゥーホとツーンがガセールを前にひざまずく。
「ほかの3人は戦闘中ゆえお許しをば」
「構わぬ」
ガセールは後頭部で縛った水色の髪をひと撫ですると、トゥーホの右目に手をかざす。
「人間相手に傷を負うとは、油断したな」
「申し訳ございません」
するとトゥーホの右目の傷が、まるで回復魔法をかけたかのごとく、完全に治癒した。トゥーホは片方だけ残っているサングラスをかけ直す。
「ありがとうございます」
ガセールはリューテのそばに無造作に進み、今度は彼の右手首を触った。次の瞬間には、もうリューテの右手は新しく生え出てきている。
「サンキューです、冥王さま!」
クローゴとヨコラは唖然としていた。苦労してつけた傷が、あっという間に治されてしまったのだ。戦況はますます不利になったといってよい。
「おのれ……」
「コロコ、今助けてやるからな! 待ってろ!」
コロコは首を大きく振った。際限なくこみ上げてくる恐怖は、目の前の仲間ふたりを失うことに対するものだ。
「駄目よ! 命乞いして! それか逃げて! お願い!」
ヨコラはコロコの気持ちがよく分かっていた。だがそうであるがゆえ、なおさら首を縦には振れない。
「それはできないよコロコ。なあ、ヨコラ?」
クローゴも同じ気持ちだったようだ。理不尽に対して屈するわけにはいかない。それは二重の背徳だ。
「ああ」
それだけ言った。
ガセールが失笑を吐き出す。その背中に樽の大きさほどの巨大な黒い球が浮かび上がった。それを見たコロコは思わず大声を放つ。
「や、やめてガセール!」
「『マジック・ミサイル』」
漆黒の球体から黒い矢が3本飛翔した。それらは目にも留まらぬ速度で、クローゴの両腕とヨコラの利き腕を消滅させる。
「うぐぅっ!」
「うああっ!」
3本の剣が地面に転がり、ふたりは悲鳴と鮮血を上げながらその場に倒れた。あまりの激痛にのた打ち回って苦悶する。コロコが泣き叫んだ。
「いやあっ! ガセール、やめてっ! 何でも……何でもするから、お願い……っ!!」
そのときだ。なんとヨコラがまだ残っている腕で、剣の柄を握り締めて立ち上がろうとしたのだ。
「ほう……」
ガセールが食材の新たな料理法を見つけたようにうなる。そして……
それ以上、何もしない。
「ガセールさま。こやつの息の根を止めていいですか?」
ケロットが待ちきれない、とばかりに許可を求めた。だがガセールは首を縦には振らない。
「女。なぜそうまでして戦おうとする? もはや勝敗は決しているかと思うが」
冥王はいつでもマジック・ミサイル・ランチャーで殺せる態勢で、そう真摯に問いかけた。ヨコラは凄まじい痛みにあらがいながら、敵に答える。
「お前らのこんな無法な暴力を許してはおけない。それにまだ息のあるものもいる。それを見捨てて逃げられるものか」
剣を支えにどうにか上半身をもたげた。
「お前らに心臓が止まるまで抵抗するのが、冒険者としての――いや、人間としての――矜持だ」
両目に憎悪をぎらつかせて、ヨコラはガセールをにらみつける。ガセールはうなずいた。
「その言葉、よし」
彼は背を向けて歩き出す。ケロットが面食らって質問した。
「あの、とどめは?」
「刺すな。行くぞ」
冥王はそれ以上言わせず、翼を広げて舞い上がった。トゥーホ、リューテ、ケロット、ジャイア、ツーンが慌てて後を追う。コロコはツーンに捕らえられたままだ。
「コロコーっ!」
ヨコラの前で、彼女の盟友は再び連れ去られていった。ガセールたちは南を目指し、すぐに視界から消える。
ヨコラはあっけに取られていた。するとそこへ若い男女が駆け寄ってくる。
「あの、あの、もう行っちゃいましたよね、あの青い肌のひとたち」
「あ、ああ……お前らは?」
「ぼ、ぼぼぼ冒険者の僧侶です。お、怯えて隠れて見てました」
女のほうがヨコラに回復魔法をかける。腕が生えてきた。
「助かる。こっちのクローゴにもかけてやってくれ。あとお前」
男の僧侶のほうに顔を向ける。
「はい」
ヨコラはチャムを指差した。胸を突かれた痛みにうめいている。
「チャムを治癒してやってくれ。まだ生きているはずだ。彼女は賢者で、回復魔法が使える。彼女も加えてみんなで治療を回してほしいんだ」
「はい、分かりました!」
ヨコラは立ち上がり、血の海に沈む仲間たちを見渡した。そのなかに恋人のゴルの背中を発見する。
「ゴル!!」
彼は生きていて、頭を振りながら必死に起き上がろうとしていた。ヨコラは思わず涙ぐむ。先ほどまでの勇ましさはどこへやら、彼女は子羊のように泣いて、ゴルのもとへと向かった。
そうしながらも、頭の片隅では考えていた。なぜガセールは自分たちを殺さなかったのだろう、と。




