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0165ラアラの虐殺04(2090字)

 トゥーホの武器は硬軟・伸縮ともに自在に変化する指だ。これが厄介で、ヨコラはしつこく追いすがる指先から逃れるために、いい加減精神力と体力を使った。


「この化け物め……っ!」


「くくく、こちらが本気でないのはお分かりですよね? ほら、こうすれば……」


 ヨコラの利き腕側の肩を、トゥーホの人差し指が貫いた。直角、直線、曲線等を駆使した軌道は、当人でさえ理解して使っているのか疑わしいほど複雑怪奇だ。


「あぐっ……!」


 あまりの痛みに、ヨコラは剣を取り落としてしまった。トゥーホは指先を曲げて引っ掛けると、急速に縮めてヨコラを引き寄せる。そして自身の飛び膝蹴りを交差法で顔面に見舞った。


「がぁっ!」


 血しぶきを上げて倒れるヨコラ。その金髪が地面を流れる他者の血液で(あけ)に染まった。トゥーホはいったん左右の計10本の指を元に戻す。


「私の右目を台無しにした罰です。苦しんで死になさい」


 そして、両手の人差し指から中指、薬指、小指と。ヨコラの足に穴をうがっていった。血しぶきと激痛による苦悶の声が同時に上がる。


「うああ……っ!」


「いい気味ですね。それではお待たせしました、親指で心臓を貫いて差し上げましょう!」


 凄まじい激痛のなか、ヨコラはゴルのことを思った。あの夕日が美しい海岸で、勇気を出して彼に告白した。受け入れてもらって、口付けを交わした。


 彼だけは何とか生き延びてほしいと願う。いつこの学者男の指で心臓が砕かれるか、その恐怖はなかった。ただひたすら、ゴルのことが心配だった……


「『雷撃』の魔法!」


 そこで割り込んできたのは賢者のチャムだった。トゥーホは慌てて五指を結界内に戻す。『魔法防御』の魔法は、それによって作られる結界内でのみで有効である。雷撃に焦がされる前に撤退する必要があった。


 チャムは早くも次の呪文に移っている。素早くヨコラに駆け寄って、彼女がかけたのは『回復』の魔法だった。


「ヨコラさん、しっかり!」


 ヨコラの青かった顔に生気が満ちる。体中の怪我がたちどころに治ったためだ。ヨコラはトゥーホのどてっ腹に蹴りを見舞うと、チャムとともに素早く後退し、落ちていた自分の剣を拾い上げた。


「ありがと、チャム!」


「頑張って、ヨコラさん!」


 いっぽう、『疾風剣士』二刀流のクローゴは、リューテの短剣連射から逃れるように横へと駆けた。このまま相手の攻撃に付き合っていても、ただ体力を削られるだけでジリ貧になってしまう。それがこの疾走の意味するところであった。


 だがリューテはクローゴを追いかけてくる。


「おじさん、もっと遊ぼうよ! 何で逃げるのさぁ! あはははっ!」


「僕は24歳だ。おじさんではないよ」


 小刀の速射はさらに苛烈(かれつ)になり、クローゴは双剣さばきにいい加減神経を使わされた――


 と、そのときだった。


「わっ!」


 リューテが市民の死体に蹴つまずき、転んでしまったのだ。肘と膝をしたたかに地面へ打ちつけ、彼はうめく。


()ってー……。こんなところで死んでるんじゃねえよ、ちくしょう」


 四つんばいから起き上がろうとした。そこへ、風を切って迫るものがいる。クローゴだ。


「奥義……」


 リューテが慌てて飛びすさる。だが遅かった。クローゴの2本の剣がうなる。


「『竜巻斬り』!」


 クローゴが独楽(コマ)のように空中で旋回した。2条の剣閃が宙に華麗な線を引く。


「ぐあぁっ!」


 リューテが右手首を切断されて悲鳴を上げた。断面から青い鮮血が噴出する。冥界の少年はそれでも左手で短剣を数本放ち、以降の追撃を阻止した。


 クローゴはとどめこそ刺せなかったものの、会心の笑みを浮かべる。


「もう一本の手を切り落とせば、もう奇術は使えなくなるね。どうだい、敗北の味は」


「このおっさんが……!」


 リューテは傷口を左手で押さえ、歯軋りして激痛に耐えた。そこへクローゴが飛びかかる。


「殺したものたちの後を追いたまえ、少年!」


 ふたりの勝負は決したかに見えた。


 しかし。


「何っ!?」


 クローゴが右の剣を慌てて振る。金属の衝突音とともに火花が散った。見れば学者肌のトゥーホが、クローゴ目がけて指を槍のように伸ばしている。ふたつの凶器は宙で弾け合い、その結果クローゴの胴体はがら空きになった。


「もらった! サンキュー、トゥーホ!」


 リューテは痛みをこらえながら笑い、左手から短剣を射出する。クローゴの腹に4本が突き刺さって風穴を開けた。夕暮れのなか、今度は赤い血煙が巻き起こる。


「がは……っ!」


 刺さった武器が消え去ると、クローゴは大量出血に見舞われた。リューテの半ば狂ったような嘲笑が、(あかね)色の空に踊り消えていく。


「残念だったなぁ、おっさん! 俺の勝ちだ! とどめだ、食らいやがれっ!」


 仰向けに起き上がろうとするクローゴの頭部に、リューテは左手を向けた。喜悦の笑みとともに、その手の平から短剣が飛び出して――


 それは、狙った場所へ炸裂する前に弾かれた。


「何だとっ!?」


『魔法剣士』ヨコラが、クローゴの窮地(きゅうち)を救うべく、華麗な剣さばきで得物を叩き伏せたのだ。そのままリューテに躍りかかり、細身の長剣を振るう。冥界の若者は後方へ跳躍してかわした。しかしヨコラにとってみれば、これは「追い払う」以上の意味を持たない。

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