0162ラアラの虐殺01(2037字)
(26)ラアラの虐殺
夢幻流武闘家コロコがようやく泣き止んだのは、派手な鞭使い・ツーンに抱えられて空を飛んでいたときだ。鞭による拘束で、光弾を放つための右拳が握れない。
「何で私を殺さないの?」
差し当たっての質問がそれだった。銀の翼で横を飛行する悪童リューテが答える。
「俺がひと目ぼれしたからさ」
彼は満面の笑みでコロコの顔を眺めた。うきうきと嬉しそうだ。
「俺と付き合いなよ。死んだ男のことなんか忘れるぐらい、いい思いをさせてやるからさ」
コロコは悲哀から落ち着くと、攻撃的になっていた。
「右手さえ自由ならぶっ飛ばす」
リューテは悲しそうに微笑んだ。
「やれやれ、まだしばらく時間が必要かな。まあ、俺は待ってるよ」
そのとき、最後尾を飛ぶ冥王ガセールがほう、とつぶやいた。
「大きな街があるな。あれは何だ、コロコとやら」
「街……」
コロコはその光景に見覚えがある。いや、それは錯覚だ。こんな高所からこの街を見下ろしたことなどないのだから。
ただ、中央に巨大な闘技場――3万人が収容できる――を構えている街などほかにない。
「ラアラの街……」
思わず口から漏れる。ほかでもない、数ヶ月前にコロコは、このコロシアムで開かれた『昇竜祭』武闘大会で優勝していた。そしてこの街には今、『怪力戦士』ゴルと『魔法剣士』ヨコラ、賢者チャムがいるはずなのだ。
「ラアラの街、か。よし、腹も減ったことだし、少し寄ろうか」
豪快な男・ケロットがにたりと笑った。
「ということは、殺し放題殺しても構わないってことですかね、冥王さま」
「好きにするがいい」
学者肌のトゥーホがサングラスを押し上げる。
「ルミエルたちは殺し足りなかったですからね。これだけ大きい街ならたっぷり楽しめそうです」
コロコはその物騒な言葉に仰天した。
「ちょっと! 何をするつもりなの!?」
侍のジャイアが顎を撫でる。
「聞いてなかったのか? 人間の皆殺しでござるよ!」
コロコは顔から血の気が引いた。大声で怒鳴る。
「冗談じゃない! やめてよ!」
しかし、血気にはやる6人は聞く耳を持たなかった。
ラアラの街も、ほかの都市同様、魔法使いたちが歩廊の上からスライムの群れに抵抗を続けている。それを無視するように、6人は銀の羽を羽ばたかせて、ラアラの街なかへ次々に着地した。
周囲で自分の用事にいそしんでいた町民が、いきなり現れた男たちにびっくりした。
「何だ、ありゃ……」
「翼を持ってるぞ」
「あれだ、魔王アンソーを倒した奴らだ」
勘違いしている人々を、冥王ガセールは灰色の瞳で見渡した。そして、くつくつと笑う。
「ツーン以外は掃除をしてろ」
「ははぁっ!」
4人――リューテ、トゥーホ、ケロット、ジャイアは喜悦の表情を浮かべた。それぞれ翼をしまう。そしてトゥーホが『魔法防御』の魔法を自分たちにかけると、それぞれの得物を使って、まずは周りの人々に飛びかかった。
リューテの両手から無数の短剣が射出され、市民の頭蓋骨や胸部に突き刺さる。トゥーホの伸びる指が、通行人を串刺しにした。ケロットのハンマーが振り抜かれ、人間を木っ端微塵にする。ジャイアの刀が、手当たり次第に女子供を斬殺した。
コロコが叫んだ。
「や、やめてっ! みんな、逃げてーっ!」
しかしツーンに引っ張られる。女なのに強烈な力だ。
「あんたはこっち」
冥王ガセールは適当な酒場を見つけると、そこへ入っていった。その後にツーンとコロコが続く。
酒場の店主や客が外を気にしていた。
「おいあんた、外で何が起こってるんだ?」
ビール腹の狸に似た親父が、ガセールに問いかける。ガセールは答えず、背中に黒い球を生じさせた。
「『マジック・ミサイル』……!」
次の瞬間、黒い矢が放たれて、店内の全員の頭を吹っ飛ばした。コロコはあまりのことに声もない。それを無視して、ガセールはツーンに命じた。
「食い物と酒だ、用意しろ」
「はい!」
ツーンは嬉々として調理場におもむいた。ガセールは首から上のない先客を蹴り落とし、椅子に腰かける。
「コロコ、お前も座れ。食事の時間だ」
コロコは憤激に駆られて怒鳴った。
「何が『食事の時間だ』よ! ここの人たちがあんたに何をしたって言うの? 酷すぎる……!」
悔し涙があふれる。ガセールはつまらないものを見る目をした。
「よく泣く奴だ。いいか、コロコ」
ツーンが持ってきた酒をあおる。その味に頬をゆるめた。
「コロコ、貴様が生きていられるのは、リューテがお前を欲しがったからだ。だから今、余に殺されずにすんでいるのだ。そのことを忘れぬことだな」
ツーンがコロコの肩をつかみ、無理やり椅子に座らせる。そして一度奥に引っ込むと、再び出てきてふたりの前に食事を置いた。パンと野菜スープ、鶏肉だった。
「こんなものしかありませんでした。申し訳ありません」
「いや、よい。ツーン、コロコにも食わせてやれ」
「承知しました。……さあコロコ、口を開けて」
コロコは正面で飯をむさぼり食うガセールをにらみつけた。
「何で人間を殺すの? どうしてそこまで人間を憎むの? 冥界に生まれたから?」




