01602人目の聖騎士01(1858字)
(25)2人目の聖騎士
このような液体生物たちとの戦いは、ほかの街でも同様だった。エイドポーン王のコルシーン国・王城城下町では、今まさに徹底抗戦の最中だ。
魔法使いたちは囲壁の上から城外のスライム群に対して、火炎や雷撃、風刃などの魔法を叩きつけていた。疲れが見えてきたら、僧侶や賢者が回復魔法で疲労を除去する。それでも疲弊するようなら、別のものと交代する。
こうして昼夜を問わず頑強な抵抗が続けられた。国王のエイドポーンは食の備蓄量を心配しながら、この終わらない悪夢のような状況に、ただひたすら震え上がるのみだ。
そんな王城城下町に、ついこの前家を買ったものがいる。傀儡子ニンテン一家だ。
長年住んでいたマリキン国ケベロスの街を、青い肌の悪魔騎士――デモント、ケゲンシー、タリア、ホーカハルを恐れるあまり、脱出した。しかし付き添いの夢幻流武闘家コロコとともに、このコルシーン国へ向かう途中、いきなり背後に現れたスライムたちに追われることになってしまった。
そこを助けてくれたのは、ルミエルという羽を持つ男だ。彼のおかげで危機を逃れたニンテン一家とコロコは、無事この街に到着した。そしてコロコの持ち金で、ニンテン一家は家を買うことができて、新しい生活を始めることになったのだ。
傀儡子ニンテンは、娘のターシャ、孫のクナンとともに、スライムたちの恐ろしさを間近で見知っている。あの怪物どもがこの街に殺到してきて、事前に配備された魔法使いたちが排除を始めた――そういう情報がもたらされたときは、心臓が凍りついたかのような恐怖を味わった。
あれから半月。まだこの街は持っている。
ターシャが目の下に隈を作った父を心配した。
「ちゃんと寝ないと駄目ですよ、お父さん」
「うむ……」
最近ニンテンは、左胸に高熱を感じることが多かった。コロコとルミエルとともに逃避行を演じていたころから、なぜか胸郭の左側に火の玉を抱えているような錯覚を覚えていたのだ。それは収まるどころか、ますます酷くなっていく。
「わしもそろそろお迎えかな」
ぼそりとつぶやく。すると膝元に小さな手がすがってきた。
「おむかえってなあに?」
孫のクナンだ。ニンテンは苦笑して彼を抱き上げた。膝に載せる。
「なに、何でもないよ、クナン。何でもないんだ」
今のところ、エイドポーン国王やその家臣たちを除けば、この城下町を防衛する魔法使い・僧侶・賢者らに優先して食事が与えられている。町民はその後だ。
だから市井の間で食物の物価は高騰し、いまや金では買えず物々交換にまで退化している。ニンテン一家は事前に食べものを買い込んでおいたのでまだ心配はないが、この調子では先行き不安だ。
食糧を欲しがって強盗や殺人も起きるのではないか。そこまで事態が悪化しそうな、今の王城城下町であった。
ニンテン一家は夕刻、外へ出かけた。取りあえず井戸の水に紛れてスライムたちが侵入してきたということはなく、人々は食事がないならせめて水だけでもと、汲み井戸に容器を持って列をなしていた。その最後尾につく。
活気と覇気と意気に欠けた、人々の姿。みんなくたびれきったように背を曲げて、一様にこけた頬をあらわにしていた。
空は曇天で、不吉な黒雲が幾重にも層を形成している。ひと雨来そうだな、とニンテンは思った。雨水も貴重な水源だ。降り出す前に帰ろうとする人は少なくなく、ニンテンもそれにならおうとした。
と、そのときだ。
「逃げろーっ!!」
城壁の上から男の怒号が響いた。何事かと思ってみれば、何と城門の隙間を突破して、3匹のスライムが街中になだれ込んできている。魔法使いたちが取りこぼしたのだ。
液体生物は黒い不定形の体から、手や足を無数に生やし、20個ほどの目玉を持っていた。その異形に人々が恐怖し、絶叫し、狂ったように逃げ出す。スライムは早くもひとりの人間を捕まえ、その大きな口に放り込んだ。
「ぎゃあああっ!」
断末魔の声が立ちのぼるが、それを魔物の咀嚼音がすぐにかき消した。奴はひとりで飽き足りるということがなく、早速次の標的を捜し求める。ほかの2匹も同様だった。
「に、逃げるぞターシャ、クナン!」
「は、はいっ!」
「うんっ!」
ニンテンたちは樽を投げ捨てて、急いで避難した。だが3匹のうち1匹が、彼らに狙いをつけたらしい。振り向けば、駆ける馬と同じぐらいの猛スピードで急接近してきていた。
「ターシャ、クナンを頼む!」
スライムはもうすぐ後ろまで迫っている。自分が食われて隙を作れば、ふたりを逃せるかもしれない。そんな悲壮な決意を固めたときだった。




